第2章【初陣】
第1節【評定】
【造形師の美学】
【造形師の美学】
約束の時刻の1分前に瞬は人形使いこと愛美の住居兼工房へ到着した。そこは半世紀ほど前に新築ラッシュが起きたエリアで、最寄駅の電車の本数は往時ほどではないが、利便性は悪くはない。一方で隣家への距離は比較的保たれており、騒音や換気の対策に気を取られることなく、作業に集中するにはもってこいの場所だ。
数年前、その地区の外れにある一軒家が自治体の空き家対策として格安で売りに出され、愛美はすぐに飛びついた。築年数は古いが改築の自由度が高く、作業場を構えるのに最適の物件だったからだ。
その玄関の前に立った瞬は表札を指差し確認し、電波腕時計で時刻を確認してからインターホンを押した。この瞬間から、彼の呼称は瞬から鉄男になる。
「遅かったじゃないか!もうみんな待ってるよ!」勝手知ったる我が家のように、未知が迎え入れた。
「いや、約束の時間ぴったりだけど。早けりゃいいってもんじゃないでしょ?」
「あんたねぇ、5分前行動とか小学校で教わらなかった?」
「あぁ、あの意味不明なやつね。だったら、最初から5分前を集合時刻に設定してくれよ。ぴったりになるようにわざわざ調整してきたんだから」
「お前は営業マンかよ。もういい、早く入んな」
1階の2部屋をぶち抜いた作業場にセレーネを除くメンバーが揃っていた。
「あの、これ母が焼いたプリンなんですけど、手作りが嫌じゃなければどうぞ」
前日、コミケから帰宅した瞬が翌日も友達に会いに行くと言うと、母は努めて平静を装いながらも喜んでいる様子だった。不登校対応のガイドラインを厳守し、息子がほとんど外出しようとしなくても決して責める言葉を口にしない母だが、内心では気に病んでいるのだろう。張り切ってプリンを焼いて手土産に持たせたのだった。
「プリンか!いいね、今すぐ食べよう!」愛美が即座に反応して、一気に距離を詰めてきた。あの重量感のある巨躯でどうしてこんなに素速く動けるんだ?物理法則を無視しているかのような俊敏な動きで迫る巨体に気圧されて瞬は思わず後ずさったが、未知がスッと右腕を前に出し、掌を見せて「待て!」と口にした瞬間、よく訓練された犬のように彼女はピタリと静止した。
「ちょっと待ちなよ。大事な話があるんだから、その後にしよう」
「えー、食べながらでもいいじゃん!」
「だめだよ。プリンなんか食べたら、まったりしちゃうでしょ?我慢したら、私の分もあげるから」
「うーん、仕方ないなぁ……」
「あっ、大のスイーツ好きが一人いるって言ったら、母が特大のを1つ作ったんで、みっちゃんの分はあげなくても大丈夫だよ」
「なんと!鉄男氏の母上は神でござるか!」
「まぁ、たしかに叔母さんのスイーツは神レベルではあるわね。これをご褒美にして、早く仕事を片付けましょう」
プリンを受け取った愛美は恨めしそうにしながら、緩慢な動作で冷蔵庫へ向かった。
愛美が戻るまでの間、瞬は土門の服装が気になってたずねた。
「あの、師匠はそのコスプレでここまで来たんですか?」
「ええ、これは私の戦闘服ですので。それに、今回のミッションにはこれが最も合理的だとも言えます」
「どういうことでしょう?」未知がたずねた。
「我々が最も秘匿したいのはこの会合の目的です。確かにこの服装は目を引くかもしれませんが、大抵の人はコスプレのイベントか何かへ行くものと判断するでしょう。都市部においては目立たない服装が最善の迷彩とは限りません」
「なるほど」
ようやく愛美が戻ってきたので、未知が声をかけた。
「じゃあ、みんな揃ったから、ジオラマを見せてよ」
「いよいよ
「あぁ、それなんだけど……やっぱり延期しないか?」
「なんでよ、そこにあるんでしょ?早くカバーを取りなよ。私がやろうか?」
「いや、それは自分で……ただ、時間がなかったから、ちょっと完成度が……」
愛美が
「すごいじゃない。完璧に見えるけど?」
「塗装が間に合わなかった」
「いや、地形がちゃんと再現されているんだったら、色はなくてもいいでしょう」
「そういう問題じゃない。これは私の美学の問題なんだよ」
「まぁ、それはわかるけど、時間がないことだし、今回はこれでいきましょう。塗装は後でゆっくりやってよ」
「そうですね。私の見たところ、地形の再現度は完璧です。これを使ってシミュレーションをしましょう」土門の提案に一同が頷き、愛美も渋々ながら同意した。
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