第2話 折り紙の可能性

 村の宿の一室。木の壁、藁のベッド。窓から朝日が差し込む。俺、折原真人、はベッドに座り、折り紙を手にじっと見つめる。昨日、森で聖女リリアを助けたあの鶴。今、肩に止まってるこいつが、俺のスキル「折り紙具現化」の産物だ。紙が本物になる。剣になり、聖獣になる。チートすぎるだろ、これ。


「でも、なんで折り紙なんだ? 転生前の趣味が反映されたのか?」


 前世の記憶。過労の日々、唯一の癒しだった折り紙。鶴、龍、船。緻密に折るのが好きだった。あの時間が、こんな形で活きるなんて。


 ノックの音。ドアが開き、リリアが入ってくる。金髪をポニーテールにまとめ、白い聖女ローブ。昨日より元気そうだが、眉間にシワ。


「真人さん、起きてる? 朝食の時間よ。グズグズしないで」


 ツンとした口調。聖女見習いなのに、偉そう。まあ、悪い気はしない。肩の鶴が小さく鳴く。


「おはよう、リリア。鶴が騒ぐから、起こされたよ」


「ふん、その鶴、ホントに不思議よね。聖獣の力だなんて、普通じゃないわ」


 リリアが鶴をチラ見。興味津々って顔だ。俺は笑って立ち上がる。


「じゃ、朝食行くか。腹減った」


 宿の食堂。木のテーブルに、パンとスープ、干し肉。質素だが、異世界の味は新鮮だ。リリアが向かいに座り、スープを飲む。俺もパンをかじる。村民がチラチラこっちを見る。昨日、魔狼を倒したからか、視線が熱い。


「真人さん、村長が話したいって。昨日の礼と、これからのことらしいわ」


「これから? 俺、ただの流れ者なんだけど」


「流れ者? あの力で? ふん、冗談でしょ」


 リリアの目がキラキラしてる。期待? いや、まさか。ツンデレだろ、これ。


 村長の家へ。木造の大きな家、村の中心だ。村長は白髪の老人、穏やかな笑顔。


「真人殿、昨日はありがとう。魔狼の群れ、近年増えて困っておった。お主の力、まるで神の使者のようだ」


「いや、そんな大層なもんじゃないです。たまたま、折り紙が役立っただけで」


 ポケットから紙を取り出し、軽く折る。小さな馬。祈るように握る。


「具現化」


 光が弾け、手の中で馬が膨らむ。ミニチュアサイズ、10センチくらいの馬がテーブルをトコトコ歩く。村長とリリア、目が点。


「こ、これは……!」


「紙が本物に!? 真人さん、どこまでできるのよ!」


 リリアの声が弾む。俺は肩をすくめる。


「まだ試してる段階。昨日は鶴と剣、今日は馬。次は何かな」


 村長が咳払い。


「真人殿、実は頼みがある。この村、魔王の呪いで異変が続いておる。畑が枯れ、水が濁る。魔狼もその影響だ。リリア殿の教会が調査中だが、お主の力なら何かできるかもしれん」


 魔王の呪い。昨日、リリアが言ってた。大陸全土を荒らす大ボスか。俺のスローライフの夢、遠のく予感。


「呪いって、具体的には?」


 リリアが答える。


「魔王の瘴気が、大地の力を奪ってるの。村の水源が汚染され、作物が育たない。私の治療魔法じゃ限界が……」


 水源か。頭を巡らせる。折り紙で何かできる? 道具? 浄化装置? いや、もっとシンプルに。


「水源、見に行こう。試したいアイデアがある」


 リリアが目を輝かせる。


「ほんと!? なら、案内するわ。早く!」


 村の外、丘を越えた先。小さな湖が水源だ。だが、水は濁り、腐臭が漂う。周囲の草も枯れている。リリアが顔をしかめる。


「これよ。瘴気の影響。私の魔法でも浄化しきれなくて……」


 俺は湖畔に座り、折り紙を取り出す。イメージするのは、濾過器。紙を折り、箱型に。細かい網目を想像し、祈る。


「具現化」


 光が溢れ、紙が巨大な濾過装置に変化。湖に沈めると、水が流れ込み、透明な水が吐き出される。瘴気の黒い霧が紙に吸い込まれ、消える。


「す、すごい! 水が綺麗に!」


 リリアが手を叩く。俺も驚く。こんな芸当、できるなんて。


「試作品だけど、効いたな。しばらく置いとけば、湖が元に戻るかも」


 リリアが俺の腕を掴む。近い。めっちゃ近い。


「真人さん、ほんとにただものじゃないわね! 教会に報告しなきゃ。あなた、聖都に来てよ。きっと役立つ!」


「聖都? 急に話がでかくなるな……」


「ふん、嫌いじゃないでしょ、そういうの」


 リリアの笑顔。ツンデレだけど、素直な一面。ドキッとする。肩の鶴が、からかうように鳴く。


 その夜、宿で村長から礼の品。金貨数枚と、旅の装備。リリアが地図を広げる。


「聖都はここから3日。魔物の道だけど、あなたの鶴や剣なら平気よね?」


「まあ、やってみるか。スローライフは、魔王倒してからだな」


 リリアが頰を膨らませる。


「スローライフ? ふん、似合わないわよ。英雄のほうがお似合い」


 英雄か。紙一枚で、どこまでいける? 遠くで、風に揺れる木々。誰かの視線を感じる。女の声、囁くような。


「折り紙の旅人……面白い」


 振り向くが、誰もいない。リリアも気づかず、地図を眺める。気のせいか? いや、この世界、油断できない。


 翌朝、紙の馬車を折る。具現化。木製のような頑丈な馬車。鶴が馬を引く。リリアが乗り込む。


「真人さん、行くわよ! 置いてかないでね!」


 俺は笑う。紙の馬車に乗り、聖都へ。魔王の呪い、ヒロインたちの未来、そして俺のスローライフ。折り紙一枚で、全部切り開く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る