第七話 地球式勇者パーティ


「ソニア!」


 満面の笑みを浮かべ、黒髪の少女がこちらへ駆けてくる。

 その姿は、「勇者」というよりは、飼い主に駆け寄る「子犬」のようだ。


「……子犬みたいね」

 隣でアンジュが、全く同じ感想を呟いた。


 ソニアと少女は、軽くハイタッチを交わすと、何やら楽しそうに話し込み始めた。


 俺とアンジュは、タクシーを降りた場所から、少し遠巻きに二人を眺めている。さらにその向こうでは、先ほどのてんでバラバラな集団が、相変わらずわちゃわちゃと盛り上がっていた。


「これが、魔王討伐に向かう勇者パーティ、ですか」


 俺がぼそりと呟くと、アンジュも「地球式の勇者パーティ、ってとこね」と腕を組む。


 なんだか、埠頭を吹き抜ける秋風が、急に冷たく感じられてきた。


 俺たちのことを説明しているのだろうか。ソニアと勇者が、こちらをチラチラと見ている。


 かたや、金髪ゴージャスウェーブのわがままボディ。今はサングラス仕様で腕を組み、モデル張りの立ち姿の超絶美人。

 一方、吊るしのスーツに、体のあちこちがブヨついてる中年サラリーマン。

 よく考えたら、あっちの集団に負けず劣らず、俺たちも相当にイカレタ組み合わせだ。


 やがて、黒髪の少女が屈託のない笑みを浮かべ、こちらに歩いてきた。


「こんばんは! 今日は来てくれてありがとうございます。一緒に頑張りましょう!」


 そう言って、彼女はスッと俺の目の前に手を差し出した。

 アンジュは腕を組んだまま微動だにしないので、俺は慌ててその小さな手を握る。


「こちらこそ、急にお邪魔してしまい申し訳ありません。大丈夫でしたか?」


 思わず、体に染みついた営業スマイルで返してしまった。


「全然、大丈夫です! えっと、ちなみに……」


 ちらりとソニアに視線を送り、彼女は確認するように尋ねてくる。


「『バイト枠』で、大丈夫でしたか?」

 そう言って、こてんと首を傾げる。


 ──バイト枠?


 俺が助けを求めるようにソニアに目を向けると、彼女は必死の形相でぶんぶんと首を縦に振っていた。


「は、はい。その、バイト枠でお願いします」


 訳も分からず答えると、今度は「お名前、聞いてもいいですか?」と天使の微笑みが返ってくる。

 肩越しに、『ヤマさん』と唇だけを動かすソニアが見えた。


「……ヤマさん、です」


「ヤマさん、さん?」


 俺は慌てて訂正する。

「あ、いえ! ヤマです! みんなからは、ヤマさんって呼ばれてます!」


「なるほど! じゃあ、僕もヤマさんってお呼びしますね!」


 にっこりと笑う彼女の隣で、アンジュの唇がひくひくと痙攣しているのを、視界の端が捉えていた。

 しかし驚いた。この勇者、少女なだけでなく、「ぼくっこ」属性まで持っていたとは。


 彼女は、胡散臭い俺たち相手にも、終始笑顔を向けてくれる。


「ヤマさんは、何か得意なことはあるんですか?」


 得意なこと?


 一瞬言葉に詰まり、再びソニアに助けを求めたが、彼女は何やらバタバタと手足を動かすだけで、何を伝えたいのかさっぱり分からない。


 すると、思わぬところから助け舟が出た。


「私たちは後衛よ。デバフが少々、ってところかしら」


 ゴージャスな助け舟が、自信満々に大嘘をついた。

 それを聞いた勇者ちゃんは、「わぁ! それ、すごく助かります!」と、ぱっと顔を輝かせて手を叩いた。


 その純粋な喜びに、俺の心がチクリと痛む。

 犯人であるアンジュをちらりと見ると、彼女はサングラス越しに「任せなさい」とでも言うように、バチコンとウインクを返してきた。


 ──いや、全くあてにならん、この女神。



 

「ねぇ、そろそろ移動した方が良くない?」

 バラバラな集団の中から、キャリアウーマン風の女性が手を上げ、勇者を呼んでいた。


「あっ、いけない!」


 勇者ちゃんはぺろりと舌を出し、「さ、行きましょう!」と慌てて集団に合流する。

 俺たちは、その後ろをトボトボついて行った。


 集団は本当に様々な人たちで構成されており、誰もが訝しむように一瞬だけ俺たちに視線を向けたが、すぐに興味を失ったように逸らしてしまった。


「今日は、十二人も集まってくれました! だから、今日こそは絶対に成功させましょう!」


 そう元気に微笑む勇者ちゃんとは対照的に、メンバーの何人かはどこか冷めた顔をしている。


 ──『今日こそは』、か。ちょっと引っかかるな。


 そこで、先ほど声を上げたキャリアウーマンが、気怠そうに口を開いた。


「るーりさん。さっきも言いましたけど、月末は決算処理で忙しいので、今後は避けていただけますか。協力しないとは言いませんので」


「ご、ごめんなさい! 気を付けます!」

 ぺこりと深く頭を下げる勇者ちゃん。


「あー、私もいいかな」


 三つ揃えのスーツに縁なしメガネをかけた、いかにもエリートといった感じの長身男性が続けた。


「正直、今までと同じ戦い方をしても、最後は撤退するだけになりそうな気がするんだ。そろそろ、包括的な戦術を検討すべきじゃないか?」


「そうですね……。でも、相手がどう動くか分からないと、難しいですよね」


「そこなんだが、うちのシンクタンクに任せてくれれば、過去のデータ集積から最適解を導き出せると思うんだが」


「すみません、それには情報の開示が必要になるので、難しいんです」


「それは『政府』の見解かな? それとも、そちらの女神様の個人的なご都合で?」

 エリート男は、ジロリとソニアを睨めつけた。


「大丈夫だって! なんかあったら、俺の『正五郎』でぶった斬ってやっからよ!」

 大剣を担いだ、いかにも脳筋といった感じの男が豪快に笑う。


「トーマさんは、あまり前に出過ぎないように注意してくださいね」


「わかってるって! で、成功したら打ち上げやる? この後とかどう?」


 すると、横にいたアイドル風の派手な女の子が口を挟む。

「ごめんなさい、私、そろそろテレビの仕事も入ってきてて。急なアポだと参加できないかもなので、その時はすみません」


「あ、はい! もちろん、その時は言ってくださいね!」


「おいおい、みんな忙しい中、無理して来てるんだぞ! テレビが何だか知らんが、いちいち聞いてられないだろ! これが『義務』だから、みんな我慢してるんだ。自分の都合ばかり押し付けないでほしいな」


 エリート男が、アイドル女子を厳しく責める。

 彼女は「知りませんよ、義務なんて」と、ぷいっとそっぽを向いた。


「…………」


 俺は一体、何を見せられているのだろう。


 助けを求めるように視線をアンジュに向けると、彼女もこめかみに手を当て、深くうつむいていた。


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