第27話 堕ちる影
### 第27話「墜ちる影」
赤黒い裂け目から姿を現した影獣たちは、最初こそ静かに広場を見下ろしていた。しかし次の瞬間、鋭い咆哮が街を揺らした。音は市民の耳には届かず、笑い声と楽器の音に上書きされていた。だが境界守には、その咆哮は魂を震わせる破滅の警鐘として響いた。
ガランが巨刃を振り上げ、先頭に躍り出る。「かかってこい!」
その声に呼応するように、影獣が一斉に地上へと墜ちた。翼を広げるもの、爪を振り下ろすもの。石畳が砕け、砂塵が舞い上がる。蓮は咄嗟に符を展開し、ユリスを庇った。赤黒い光が弾け、皮膚を焼くような熱が押し寄せる。
「くそっ……!」
波動が勝手に膨れ上がり、腕の奥で共鳴する。蓮の視界に、主の眼がちらついた。
――力を解き放て。我が子よ。
呼吸が乱れ、意識が遠のきかける。だがユリスの声が耳を打った。「蓮! 踏ん張って! ここにいるから!」
その声が鎖のように心を繋ぎ止める。蓮は歯を食いしばり、波動を抑え込んだ。視界が澄み、影獣の姿がはっきりと見える。鋭い牙、血を吸うような瞳。そのひとつひとつが現実として迫ってきていた。
*
セラは両手を掲げ、修復の光を放った。裂け目から溢れる赤黒い霧を押し戻し、街の形を保つ。だがその顔は蒼白で、額には汗が滲んでいた。寿命を削るたび、彼女の体からは光が失われていく。それでも手を止めなかった。
「お願い……崩れないで……!」
涙が混じる声に、石畳がわずかに輝き、割れ目が閉じていく。しかし次の瞬間、巨大な影が彼女を押し潰そうと迫った。アルマが即座に剣を抜き、その一撃を防いだ。
「セラ、退け! 死ぬぞ!」
「でも……!」
セラの瞳は揺れていた。だがアルマの怒声に押され、彼女は後退した。
*
戦場は混沌と化していた。ガランの巨刃が影獣の頭を両断し、黒い霧が噴き出す。イオの符が空を走り、数値を記録しながら炎を生み出す。アルマの剣は冷たく光り、迫る爪を切り裂いた。
その中心で、蓮はひときわ大きな影獣と対峙していた。翼を広げた竜種の異形。その眼は深紅に輝き、裂け目と同じ赤黒さを宿していた。
「……おまえは、主の手先か」
竜種は言葉を持たず、咆哮で答えた。蓮は符を握りしめ、波動を込める。赤黒い光と蒼白い光が交錯し、広場の中心で衝突した。
市民の笑顔の裏で、沈黙の街は確かに崩壊へと傾いていた。
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