リバイバルフロンティア

藤乃宮遊

第1話 虚ろの都市

### 第1話「虚ろの都市」 


 篠森蓮にとって、それはいつもと変わらない一日の始まりだった。原界の首都〈レグナス〉。巨大な塔を中心に広がる石造りの街並みは、朝日を受けて黄金色に輝いている。市場の喧噪、子供の笑い声、香辛料の匂い――日常は確かにそこにあった。


 しかしその均衡は、突如として破壊された。


 街の中央広場に、赤黒い亀裂が走ったのだ。地震のように揺れ、空間そのものが裂ける。誰もが悲鳴を上げて逃げ惑う中、亀裂から影の獣が這い出てきた。四足で駆ける異形、顔はなく、ただ虚無の口が開いていた。


 篠森蓮はただ呆然と立ち尽くす。周囲では人が影に呑まれ、存在ごと消えていく。叫びもなく、血の跡も残らない。『消滅』としか言えぬ現象が広がっていた。


 そのとき、漆黒の装束を纏った者たちが現れる。剣を抜き、紋章を輝かせ、亀裂に立ち向かう者たち――境界守だった。


 蓮の目には、彼らの姿は鮮烈だった。人ならざる速度で駆け、影獣を切り裂き、光の術で結界を張る。だが同時に、彼ら自身も次々と倒れていく。斬り裂かれ、呑まれ、そしてその死は都市を修復する糧となった。


 消滅していた建物が、瓦礫が、ゆっくりと形を取り戻していく。人々もまた、何事もなかったかのようにそこに立ち戻る。まるで巻き戻された映像のように、街は蘇った。


 だが篠森蓮は知っている。確かに目の前で人は消えた。街は崩れた。なのに――すべてが『なかったこと』になっている。


 修復が完了した瞬間、逃げ惑っていた市民たちは不思議そうに周囲を見渡し、「地震か?」と呟くだけだった。誰もさきほどの惨劇を覚えてはいない。


 ただ一人、篠森蓮を除いて。


 立ち尽くす蓮の視界に、境界守の一人が振り返った。赤黒い瞳が、まるで蓮を見透かすかのように鋭く光った。


 その瞬間、蓮の胸の奥にざらついた波動が走る。何かが目覚めかけている。自分が世界の外側に踏み込んでしまったことを、蓮は直感した。


 そして――それが二度と戻れない運命の始まりであることも。

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