第3話
離婚が成立し、チェスターが爵位を継いでからは、私はその執務の補佐に追われている。チェスターは賢い。だがまだ若い。社交や商談では私が出ていったほうが話がうまくまとまることが多い。それに、こういう時は何かやることがあった方がいいのだ。私は毎日、馬車馬のように、領地、領民のために働いた。
その後しばらくして、オズボーン子爵、クライブから子が産まれたと形式的な挨拶の手紙が送られてきた。
「チェスター、あなたの弟が生まれたってよ。」
「弟ねぇ。」
「金髪に碧眼のかわいらしい子だって。夫人に似たのね。」
「良かったんじゃない?赤髪の子とか産まれていたら、今頃大騒ぎでしょ。」
「あら、あなた。オズボーン子爵と子爵夫人に失礼よ。あなた"弟"に興味がないなら、こちらでお祝いを贈っておくけど良いかしら?」
「それでいい。」
クライブは離婚後、とくに浮足立ったことをするわけでもなく、淡々とオズボーン領を治めているという。もともと朴念仁だ。容易に想像がつく。
だが、一方のクレアは派手好みの性格だ。
アディントン公爵との婚約当時は美男美女と言われ、社交界でもてはやされた。クレアは、ドレスや宝石を買いあさり、お茶会や舞踏会でもよく目立っていた。しかし姑にあたるアディントン元公爵夫人は彼女のこういったふるまいを快く思っていなかった。母の友人である彼女から、ことあるごとにクレアについて相談を受けていた。だから、この辺の事情は他の貴族たちよりよく知っている。
そんなクレアが、地味で堅実なクライブの妻として、王都から離れた田舎領での貧乏貴族生活に耐えられるのか?破綻は時間の問題だろうと思った。
「今日は、アディントン公爵閣下とそのおばあ様がこちらにいらっしゃるから、あなたも用意しておきなさいね。」
「あれ、シリルが来るのは今日だったっけ。うっかりしていた。」
昼過ぎ、予定通り、アディントン家の人々が、お茶にやってきた。
「ようこそお越しくださいました。アディントン公爵閣下、アディントン元公爵夫人。」
「あら、グレースちゃん。こんな痩せちゃって、うちの元嫁があなたに迷惑をかけるなんて。本当に申し訳なかったわ。彼女が払わなかった慰謝料は当家で負担させて。」
「いえ、慰謝料はこちらから辞退したので。お気になさらずに。」
ついで、シリル様――現アディントン公爵も深々と頭を下げる。公爵譲りの黒髪に、母譲りの碧眼。当家のチェスターと並んで、社交界きっての貴公子と評されている。
「母がフィンズベリー侯爵家に多大なご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。」
「シリル様、いえ閣下。頭をお上げください。私どもとしては、公爵家の皆様が今まで通り交流を続けてくださることが、何よりありがたいのです。」
「もちろんよ。グレースちゃん。本当あんな女じゃなくて、あなたがうちの嫁に来てくれればよかったのに。運命って残酷ね。」
「クレア様の件は残念でしたが、このようにシリル様も立派にご成長なさって、アディントン公爵家につきましては、今後ますます繁栄されると思いますわ。」
私はにっこりと微笑んだ。玄関で立ち話をしていると、当家の当主になったチェスターが執事に呼ばれて、慌てて姿を現す。
「よう!シリル。」
「お!チェスター久しいな。お前もついにフィンズベリー侯爵か。」
チェスターとシリルは学生時代の悪友。同じ黒髪で背格好が似ているせいか、並ぶと兄弟と間違われるそうだ。
「ああ。俺は母さんに執務を手伝ってもらっているから、お前ほど忙しいわけじゃないけどな。」
「――そういえば、あれ本気なのか?」
「ああ、俺は"初恋"をひきずる馬鹿な大人をたくさん見てきたからね。正しくケリをつけるよ。」
一瞬、チェスターがこちらを一瞥したような気がしたけど、気のせいか。
「無理はするなよ。」
「ああ、もちろん。」
"あれ"ってなんだろうと思ったが、お茶会でのアディントン元公爵夫人の軽妙なトークが面白くて、すぐにそんな些細なことは忘れてしまった。
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