第2話

 離婚の手続きは弁護士が速やかに行い、とんとん拍子に話は進んだ。最後までクライブは納得がいかないようだったが、弁護士伝いにこれ以上長引かせると慰謝料を請求すると言ったら、ようやく諦めて書類にサインをした。


「まさか本当に父さんを追い出すとは思わなかったよ。おかげで、俺は早めに家を継がされて迷惑なんだけど?」


 執務室で、離婚に関する最後の書類にサインをしていると、嫡男のチェスターが話しかけてきた。


 私とクライブの間には3人の子どもがいる。長男のチェスター、長女のアリス、次男のブライアンだ。長女のアリスは既に伯爵家に嫁に行った。次男は王都の騎士団に出仕している。


 長男のチェスターは、つい先日まで隣国に留学させていたが、今回の件があって、予定より早く帰国させた。クライブと同じ黒髪、黒目でありながら、長いまつ毛と物憂げな表情から、どことなく妖艶で危うさのある美形。社交界でもよくモテると聞く。一見遊んでいるようにみえるが、実のところ要領がよく、抜け目のない男だ。


「だって、仕方ないでしょう。アディントン夫人のお腹には子がいたのよ。」


「父さんも馬鹿正直だね。探偵を張らせたけど、あの女狐、父さん以外とも関係を持っていたよ。未亡人っていうのはモテるんだね。」


「そう。それじゃ、クライブの子じゃなかったかもしれないわね。でもね、私をないがしろにして不貞を働いていたことは事実よ。」


「その割に、母さんって案外あっさりしているよね。20年も一緒にいて、子どもを3人も儲けたのに。女性ってそういうものなの?」


 チェスターの黒い目がぎろりと光る。


「クライブとは政略結婚だったし、もう彼は十分にその役割を果たしたから。」


「役割か。なんか使い捨ての駒みたい。母さんよっぽど、アディントン公爵が亡くなった時の方がショックを受けていたんじゃない?」


「あら、よく見ているわね。彼は年が同じでね。子どもの頃、よく一緒に遊んだの。あなただって悪友のシリル様が亡くなったら悲しいでしょう。」


「まあ、そりゃそうだけど。」


「そういえば、今日も婚約申込の釣書が届いていたわよ。あなたもそろそろ身を固めなさい。もうすぐ正式にフィンズベリー侯爵になるんだから。」


「今はそういうの選んで会う気分じゃない。なんかもっと結婚に対して夢を持ちたいよなあ。」


「貴族の結婚では、本人の意思よりも、家同士の利害が優先されるの。これは貴族に生まれた以上、当然のこと。ほら、このウォルシュ伯爵家のお嬢さんは?最近、領地で新しく銀鉱脈が見つかったって噂よ。」


 そう言って、釣書の1つをチェスターに手渡す。


「いや、いい。俺も、初恋にケリをつけてくるから。」


「まったく、誰に似たんだか。トラブルはよしてちょうだいね。クライブの後始末だけで大変だったんだから。」


「俺はあそこまで馬鹿じゃない。この家と母さんには迷惑をかけないよ。だから安心して。」


 不敵な微笑を浮かべ、チェスターは執務室を後にした。

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