公園で
@takoyakiss
第1話
昔から、公園に行くのが趣味だ。別に植物が好きとか運動がしたいとかではなく、公園にいる人たちのあのゆったりとした感じに溶け込むのが好きだからだ。近所にある小さな公園は、ちょっと微妙だ。あそこは子供が遊ぶための必要最低限の設備しか備わっていないから。グッとくるのは、だだっ広い土地にだだっ広い広場、ポツポツと点在する噴水、ちょうどいい間隔で並べられたベンチ。他人がいることに安心しながらも、近すぎない距離感。それぞれが思い思いに過ごせるあの雰囲気は、公園でしか感じられないと思う。
仕事柄、引っ越すことが多かった。今まで住んだことのある場所は数えきれないぐらいで、日本全国に知り合いがいると言っても過言ではない。次々と住む場所を変えながら、お気に入りの公園を探すのはかなり楽しかった。激務の合間を縫っては公園を探し、その地域一番の公園を見つけ出した時のなんとも言えない気持ち。引っ越してからもわざわざ訪れるぐらい気に入った公園はいくつもある。遠くて行けない公園に想いを馳せることもしばしばだ。
公園を思い出す時、その頃の景色や季節とともに、自分の心情が頭に浮かぶ。北風に吹かれながらいつものベンチに座り、うまくいかない仕事に悩んでいたあの時。桜の木の下で写真を撮る親子を見ながら、コンビニの袋をガサガサ漁り、買ったはずのハッシュドポテトが見つからなかったあの時の悲壮感(本当に悲しくてしばらく引き摺った。後日同じコンビニに行ったら店員さんから謝ってくれて、無事ハッシュドポテトをゲットできた)。風景や心情がセットになると、記憶はより長持ちするとどこかで聞いたことがある。本当にその通りだと思う。受験生だった頃、学校近くの公園で海風に吹かれながら開いた単語帳。あの時覚えた単語は他の単語よりも印象に残っている。
公園には、土日は日中に行けるが平日は難しい。したがって夜になってしまうことが多い。夜の公園はどんなに歳を重ねても怖い。というか、歳を重ねた方が親父狩りみたいな犯罪に巻き込まれる可能性が高くなるんじゃないかと今からドキドキしている。同僚にこの話をしたら、じゃあ夜の公園に行くのはやめたらと言われたが、そういうことではない。こちらから話題を打ち切らせてもらった。
ある地方へ転勤になって数日した頃の夜、いてもたってもいられなくなって、職場近くにあった中規模の公園に訪れた。同僚に、昼休憩で行くのにちょうど良いと勧められていたところだった。確かに、ベンチが等間隔で並んでいて特に遊具もなく、ビジネスパーソン向けの公園という印象を受けた。静けさの中、ざりざりと足音を立てながら公園を観察する。ベンチの後ろは茂みになっていて、こういう公園も悪くないなと思いながらど真ん中のベンチに腰掛けた。その頃はまだ若かったので、特にドキドキはしなかった。が、自分以外いないと思っている場所で物音がすると心臓が飛び出そうになるのは仕方ないと思う。茂みの奥の方から、靴が砂利を踏む音と布が擦れる音が聞こえた。でもこれは夜の公園あるあるで、向こうもこちらがいるとは思っていないためお互いにドキドキしていることが多い。相手には驚かないでもらおうと思い、ベンチの上でわざと鞄をゴソゴソしてみたり、地面を靴でなぞってみたり。色々やっていたが、こちらにやってくる気配は一切ない。時折茂みの奥の方でゴソゴソやっているのが聞こえる。この公園は奥に広いのかな、と気になって茂みの裏へ行けるルートを探しに立ち上がった。正規のルートはないようだが、茂みに人一人が通れるぐらいの隙間が空いているところを見つけた。お、あったあったと思って足を踏み入れると、木々が生い茂った広めの空間を目にした。絶妙な空間で、子供たちのかくれんぼにちょうど良さそうな感じだった。その奥の方に人の気配があったので、近づいてみた。驚かせたら悪いが、どんな人がいるのかちょっと気になってしまったからだ。落ち葉を踏みしめながら木々を通り抜けていくと、人の姿らしき黒い影が見えた。そこを見やると、裸の男が二人いた。裸の男が二人いた。裸の、裸の男が、二人!!!!二人いた!!!!!!慌てて道を引き返そうと振り返ったら、視界の端にまた別の裸の!!!裸の男が複数!!!!!!一心不乱に駆けて駆けて駆けまくって、どうやってアパートに帰ったかは覚えていない。目を閉じても、暗闇の中にいる無数の裸の男がチラチラとこちらを覗く。夢の中にも裸の男。飛び上がって起きた深夜、また目を閉じると裸の男。おかげで次の日は寝不足のまま出勤した。その公園を勧めてくれた同僚が心配そうに声をかけてくれたが、うまく目を合わせることができなかった。昼休憩、トイレで昨日の公園について調べると、なんとそこは発展場だったらしい。それからしばらくは夜の公園からは足が遠のいた。知らない世界を覗いてしまった罪悪感と、なんで公共の場でそういう行為に及ぶのかという行き場のない怒りを抱えながら、その地域では1年半ぐらい働いた。他の地域よりもちょっと長かった。それから転勤する時は、必ず行こうとしている公園がいかがわしいことに使われていないかを調べる癖がついた。インターネットというのはすごくて、そういう情報は調べれば簡単に出てきた。そこに載っている場所さえ避ければ、夜の公園ライフを満喫できることを覚えたので、あの公園での出来事以来、ああいう変な経験をすることはなかった。ありがたい。いや、ありがたくはない。世の中の複雑さと厳しさを学んだ。学んでしまったの方が合っている気がする。
公園で @takoyakiss
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