ひっそりキラリ

木咲 美桜花

第1話 秘密の輝き

放課後の教室は、いつも通り静かだった。


窓の外から差し込む夕陽が、机の端に並んだノートをほんのり赤く染める。


私は誰にも注目されず、目立たない存在として、今日も一日を終えようとしていた。


「月音、まだ残ってるの?」


友達の明日香が声をかける。


「うん、ちょっと提出物整理してるだけ」


私は小さく答え、ペンを動かす手を止めなかった。


クラスメイトの中で、私はいつも透明だった。


派手な髪でもない、背が高すぎるわけでもない、目立つ何かもないただの

“普通の子”。


それでも、心のどこかで、遠くの舞台に立つ自分を夢見ている自分がいた。

そんな矛盾に、私は気づかないふりをしていた。


その日の放課後、学園の裏庭で小さな騒ぎが起こった。

「ちょっと、見て!なんか面白い子がいる!」


声の方向を見やると、見知らぬ男性が立っていた。


金色の目を持ち、異世界風の服を着ている。


まるで映画から抜け出したような人だ。


「君、歌ってみないか?」


突然の声に驚く。私は首を振った。


「え…いや、私は…」


どうやら彼は、普通の子には見えない何かを見抜いたらしい。


「目立たないけど、そこが面白いんだ。ちょっと歌ってごらん」


渋々、私は口を開いた。


途端、裏庭に柔らかい歌声が響く。


自分でも驚いた。


いつもは誰にも聞かせない声。だけど、なぜか胸が高鳴った。


男性の目が輝いた。


「これだ。君にはアイドルとしての素質がある」


数日後、私は「アイドル学園」と呼ばれる異世界の学園に足を踏み入れていた。


制服は普通だったが、周囲の生徒はどこか異国の雰囲気を漂わせている。


耳が長いエルフ風の少女、肩幅の広いドワーフ風の少年、色とりどりの髪の留学生たち。


「うわ…ここ、本当にアイドル学園?」


思わず小声でつぶやいた。


最初の授業はダンスだった。


講師が合図をすると、生徒たちは軽やかにステップを踏み、空間に溶け込むように舞う。


私は普通に見える身体で、周囲に埋もれてしまった。


でも、心の奥底では確かに燃えていた。


「私、やってみせる――普通でも、絶対に輝ける」


練習が終わり、一人で鏡の前に立った。


「ここから、私のステージが始まるんだ」


鏡に映る自分は、まだ普通の高校生。


だけど、表情や姿勢を少し変えるだけで、少しだけ華やかに見える。


それを誰かに見せる日が来る――そう思うだけで、胸が熱くなった。


ある日、学園から「通信魔石」が配布された。


これは異世界のSNSのようなデバイスで、動画や写真を世界中に配信できる。

最初は戸惑った。


「こんな普通の子が見られるのかな…」


でも、勇気を出して初めて歌の動画を投稿した。


ほんの短い30秒の歌だったのに、コメント欄には次々と反応が届く。


「Your voice is amazing!」


「Me encanta tu baile!」


「可愛い!もっと見たい!」


見た目は普通でも、裏で努力してきたダンスと歌の力が、世界の人々に届いた瞬間だった。


そして、私は秘密を抱えている。


学園には「恋愛禁止」のルールがある。


でも、私は密かに気になる人がいた。


同じクラスの男子、時々一緒に練習する彼――。


見るだけで心がざわつく。


SNSでは絶対に見せられない感情。


舞台では笑顔を作るけれど、胸の奥で燃える恋心は誰にもバレてはいけない。


その夜、ベッドに寝転びながら通信魔石を眺めた。


世界中のコメントが光の文字で浮かび上がる。


「私、ひっそりでも輝けるんだ…」


ほんの少しだけ、私の中で何かが変わった瞬間だった。


まだ誰も知らない、秘密の輝き


それが、私の物語の始まりだった。


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