食べ残したアメシスト



 盲目にかぶりついた。


 かぶりついていた紫色の水晶。



 甘くはなかった。


 唇が切れて、赤い血が床に滴る。


 優しい味はした。


 良い匂いもした。


 暖かな温度に保たれた水晶。



 その水晶をかじる。


 水晶が口の中に入ると、すぐに溶けて、お腹には溜まらない。


 でも少しだけ、寒い身体が、暖かくなるような感覚があった。



 机の上に差し出された紫の水晶。


 唇が切れても構わずに、かぶりついた。


 かぶりついていた。



 何度も、口をつけて、


 何度も、その優しい味を味わい。


 何度も、お腹には溜まらない空腹感を感じた。



 空腹感を感じる度に、食らいつき。


 貪り続けた。


 少しの暖かさを感じるために。




 時が経つと、少しの寒さなら、我慢できるようになっていた。


 皿に積み上げられる紫色の水晶を眺めて、鬱陶しく感じるようになった。


 飽きた味を、たまに食べて、暖かさを堪能する。


 それでいいと思っていた。



 盲目にかぶりついていた。


 あれだけあった紫色の水晶。



 その水晶がなくなってしまった。


 慌てて、寒さと飢えの中で、家を出ると、水晶を探し回った。


 湯水のように湧いて出てきた紫色の水晶は、一個も見当たらない。




 寒い身体をさすり、水晶を探すのを諦めてベンチに座り込む。


 隣りに誰かが座った。


 その誰かは胸を抉って紫色の水晶を出した。


 それには驚いたが、差し出された水晶を、一口食べた。



 唇が切れて、痛かった。


 優しい味がして、何故か少し恥ずかしかった。


 嗅いだことのない、良い匂いがした。


 火傷しそうな程に熱かった。


 今まで食べていた物と同じなのに、まるで違う味がした。


 心が満たされて、甘かった。


 悲しくないのに、涙が出た。



 盲目にかぶりついた。


 かぶりついていた紫色の水晶。


 初めて、お腹がいっぱいで、食べ切れなかった。









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