願い星に、明日天気になれと願う



 水が欲しい。


 私は目を開け、布団を引き剥がし、ベッドから起き上がる。


 部屋の中は真っ暗なはずなのに、窓から月明かりが入ってきていて、うっすらと部屋の輪郭が浮き出てくる。


 机の上にリモコンがあって、手を伸ばせば届きそうだが、照明を付けなくても歩けそうだ。


 目を慣らすことはせずに、ベッドから立ち上がる。


 すぐ近くのテーブルに足が引っかからないように気をつけながら、一歩一歩、慎重に歩く。


 このあいだなんて、テーブルを蹴って、小指をぶつけた。あの壮絶な痛みを経験していた私は、今度から絶対に照明はつけようと誓った。


 そんな喉元過ぎればなんとやらな、誓いを思い出しながら、目の前のドアを開く。


 リビングと玄関とを繋ぐ、一直線の通路に足を踏み出し、スイッチの明かりが点々と光る中を進む。


 目をつぶってでも、ぶつかりっこない程に何百往復している通路を音が出ないように歩く。


 ガタンゴトンと、どこかしらか不謹慎極まりない洗濯機の音が聞こえてきた。


 つきあたりの扉をスライドさせると、鯉が見えた。


 寝室の窓よりも大きな、リビングからベランダに繋がる窓に、大きな鯉が夜の空を優雅に泳いでいる。


 冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取って、キッチンに常備してあるコップに水を注ぐ。


 カラカラな喉を潤すために一気に煽る。


 一息ついて、またコップに水を注ぐと、コップを持ったまま、ベランダへ。


 窓を開けると、少し肌寒い風が強く、強く部屋に押しいる。


 月の明かりだけで、サンダルもすぐに見つかった。


 サンダルを履いて、ベランダに出ると、大量な鯉がマンションから、マンションにかけて横一列に並んでいた。


 夜が明るいからか、色とりどりの鯉がいた。金の装飾まで分かるほど、鮮明に見えた。


 下から見ている猫たちも、にゃーにゃーと声に出して、空から鯉が落ちてくるのを待っている。食べる気でいるらしい。


 こんな鯉が空を泳いでいたら、子供も喜びそうだな。そうか、そろそろ子供の日か。ていうことは、もう五月。

 つい最近まで、『あけましておめでとう』と言っていたのにね。


 歳を取るたびに、一週間、一ヶ月、一年間のスピードが早くなっている気がする。


 子供の時は、早く大人になりたいと思っていたが、今はインスタントラーメンの三分が長かった日、あの日に戻りたいと心底思う。



 今日はなにもかもが上手くいかなかった。新しいことの連続連続、まだ私も覚えないといけないことが沢山ある。


 新しい人の教育なんか、私ができるはずないだろ。先輩に食らいつくことで精一杯なんだから。



 愚痴をこぼせる相手もいない。


 私は暗い人間だ。


 頑張っても頑張っても、暗い人間は暗いままに明るく振る舞う。


 仕事ができるフリは、新人を教育している関係で、なんとなくだが様にはなってきたところだ。


 こんな明るい夜でさえも、大きな月に手を伸ばすよりも、近くの街灯で満足してる自分がいる。


 明るい光りに、希望にすがり、他人の輝きを見て、たかる虫のような人生だ。


 笑顔を張り付けるだけで、自分は全然成長している気がしない。


 私が猫だったら、作り物の鯉を狙って爪を研いだだろうか。


 私が作り物の鯉だったら、夜をこんなに優雅に泳げただろうか。


 こんな虫のような私は、いつの日にか、本当の飛び方も忘れて、日の光りにも焦がれずに、地べたを怠惰に貪るのだろうな。


 手に持っているコップの水を一気に煽って、リビングに戻った。


 明日、世界が終わりますように。と願って、


 私は眠りにつくことにした。







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