もみじの音


 ガサッと足音を残しながら、その場でスキップ。


 軽やかに跳ねた足取りは、ほんの少し浮いているみたいで。季節が変わる気配を、足の裏で確かめるみたいに。


 目の前の景色は黄土色おうどいろに染まっていた。

 赤と黄色のグラデーションが、静かに世界を包んでいる。にぎやかさよりも、少し寂しさがあって、その寂しさが私には心地よかった。


 雲のあいだから差し込む光が水溜まりを照らしていた。揺れる光は淡くも鮮やかで。左右に立ち並んだ街路樹がいろじゅは、背筋をピンと張っている。


 今の私は、可憐かれんな少女を演じている。

 自分でそう言葉にすると、なんだか少し笑ってしまう。だって、いつもはどんなに楽しいことがあろうと、人目があるこんな道でスキップするほどにお転婆おてんばではない。


 でもそうやって演じてみせる。


 髪を少し揺らしてみたり、わざとスカートの裾をつまんでみたり。声のトーンだって、ほんの少し上げて。いくらか上品な仕草をしてみたり。

 そうやって私は、私が思い描いた『少女』を自分の体に映してみせる。


 理由はただひとつ。

 君に、可愛いと思って欲しいから。


 ……後ろを振り返る。

 君の姿が私の瞳に映った。手をポケットに突っ込み、気取ったふうに歩くその仕草が、どうしようもなくぎこちない。


 君も君が思い描いている『誰か』を演じている。


 だけど君は、きっと気付いていない。もっと私を見て、もっと好きになって。


 私のこの気持ちは、らす君の視線で霧散むさんする。


 少しだけ、ほんの少しだけ、胸の奥が、ずんと痛んだ。

 秋の空気が冷たさのせいにしてみても、その痛みは消えてくれない。


『ねえ、君。私の精一杯を見ないなんて、何事か』


 口元で形を作るだけで、つぶや非難ひなんの声は、街路樹のざわめきに溶けてしまう。


 黄色のちょうが街路樹からさらさらと舞い落ちる。その幻想的な光景を前にして、君は私と目を合わせた。


 その瞬間に、私は君に、最高の笑顔をプレゼントする。


 君の視線を奪った笑顔は、私の顔も熱くさせる。


 たった一度の視線で。

 たった一瞬の心の揺れで。


 だからすぐに振り返る。君の視線から逃げて、私はまたスキップをする。ガサッと足音を残しながら。


 私は、可憐な少女を演じ続けている。






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