2ー2

 紗世視点


 放課後の図書館。

 机に広げた参考書の文字を追いながらも、紗世は耳の奥に「かさり」と鞄の音を拾った。

 ――あ、また来た。


 顔を上げるのは気恥ずかしくて、ページをめくるふりをする。その隙間から、例の一年生が席に座るのが見えた。


 最初は偶然だと思った。でも三日、四日と続けば、もう偶然ではないだろう。

(……律儀すぎる)


 ペンを走らせながらも、目は文字に集中していない。横でノートを出す小さな手元、緊張で指が少し硬い動きをしているのが視界の端に映る。

(また、書いてる……観察日記、みたいに)


 ページに視線を落とし直すが、心はそちらへ向いている。

 こっそり息をのむように笑いそうになって、唇をきゅっと結んだ。


 ⸻


 別の日。

 ノートが机の端にそっと滑らされるのを見て、一瞬だけ眉が跳ね上がった。

(……渡す気、なの?)


 戸惑いながらも、自然に手が伸びる。指先が紙に触れた瞬間、胸の奥にくすぐったさが広がった。

 開いたページには、拙いけれど丁寧に書かれた文字。


『今日の空は、先輩の好きそうな色でした』


 たった一行。けれどその素直さが、不意に心を揺らす。

 思わず、頬が熱くなった。


(なにそれ……私のこと、見てたってこと?)

(……馬鹿みたいに、かわいい)


 小さく息を吐き、慌ててページを閉じる。真琴の方は見られない。もし目が合えば、顔が赤いのがばれてしまう。

 でも、閉じたページの上に置いた指先がほんの少し震えているのを、自分でも感じていた。


 ⸻


 帰り道。

 夕方の風に髪をなびかせながら、ふとノートのことを思い出す。

(また書いてあるのかな……明日)


 思わず胸の奥で「楽しみ」という言葉が浮かび、慌てて打ち消す。

(違う、勉強に来てるだけ。あの子はただ……真面目なだけ)


 けれど足取りは少し軽く、無意識に口元が緩んでしまっていた。

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