創作論

科戸瀬マユミ

POV について

 創作論について語れるほどの技量はないですが、こういうこと意識してますよって内容をまとめてみようと思います。


 みなさんPOVは意識してますか?


 POVとは "Point of View" の略で、語り手の視点の事です。


 ゲームやってるなら、FPSとかTPSのイメージで一発で理解できると思います。つまりは、一人称とか三人称の事です。


 個人的には、POVを意識してからは、作品を書く時に単なる映像やイメージではなく、さらに踏み込んだカメラとしての構図や、アングルのような事も考えるようになりました。


 さらには、作品を読んでいても巧みに複数の視点を使い分ける作家もいれば、一つの視点で徹底的に描き切る人もいて、読み方の幅も広がりました。


 あくまでも自分のイメージでの説明になりますので、詳細が知りたい方は以下を参考にしてください。


 アーシュラ・K・ル=グウィンの「文体の舵をとれ」


【一人称視点】

 個人的イメージ

 書きやすさ:◎

 没入感:◎

 表現の幅:△


 小説の視点(POV)の中で、最も分かりやすいのがこの「一人称視点」です。物語の主人公、つまり「私」や「僕」がそのまま語り手となります。


 主人公の見えているシーンや、思っていることをそのまま書くので、ライトノベルにもピッタリです。


 注意点は、内声が多くなること。主人公視点での感情や考察が多くなるので、複数の人間の意思や思考を表現することが難しいこと。


 そして、常に主人公とともにあるので、物語のトーンに変化をつけにくいこと(他と比較して)でしょうか。


 一番注意しなければならないのは、当然主人公が知らない事を書いてはいけないという点です。


 個人的な一人称視点の代表作家


 伊藤計劃(『虐殺器官』『ハーモニー』など)

 一人称視点で描かれる、徹底的な哲学的で濃密な内面描写。


 アンディ・ウィアー(『火星の人』『プロジェクト・ヘイル・メアリー』など)

 主人公が科学的知識を駆使して、逆境を乗り越えていく。


【三人称全知視点】 神の視点、全知の視点

 書きやすさ:△

 没入感:〇

 表現の幅:◎


 神の視点ともいわれる、世界のことを何でも知っていて語っていい視点です。


 この視点はまさに文豪ってイメージです。いきなり難易度が跳ね上がります。街の歴史とか、そこに住んでる人の人生とかを、自由自在に語れる。一方で、世界を熟知していないと効果が発揮できないよな、そういう印象です。


 映画でいうなら、街の上からとっていたり、かと思えばいろんな家の窓に近寄って、住人の生活を切り抜いていくような。


 自由度はMAXですが、極めて高難度と思ってます。そもそも近年の作品だとあまりお目にかかれないかも。


 没入感は主人公に感情移入するというよりも、まさに世界や街そのもの、その住人たちに入り込むようなイメージです。


 有名なディケンズの荒涼館の冒頭より。


 どこもかしこも霧だ。テムズ川の川上も霧で、緑の小島や牧場のあいだを流れている。川下も霧。ここでは、たくさんに並んだ船のあいだや、この大きな(そして薄汚ない)都会の不潔な河岸のあたりを、霧が汚れた渦をまいて流れてゆく。エセックス州の沼沢の上も霧、ケント州の丘陵の上も霧、そして石炭運送帆船の上甲板の賄い所の中へ忍び入る、大きな船の帆桁の上に寝そべる、索具の中をうろつく、はしけや小さなボートの船べりにしなだれかかる。グリニジ海軍病院の病室の煖炉のそばで、ぜいぜい咳こんでいる老廃兵の目やのどの中へもはいりこむ、むかっ腹を立てた船長が甲板下の息苦しい自室の中でふかしている午後のパイプの柄や火皿にはいりこむ、その上の甲板で身ぶるいしている、おさない見習い水夫の手や足の指をじゃけんにつねる。橋の上を通りかかった人たちがらんかん越しに、空に見まごう下の霧をのぞいている、そのまわり一面も霧で、さながら人々は軽気球に乗って、雲のもやの中に浮んでいるよう。


 チャールズ・ディケンズ. 荒涼館(1) (ちくま文庫) (Japanese Edition) (pp. 7-8). 筑摩書房. Kindle Edition.


 三人称全知視点の代表作家


 まさしく「神」のように、物語世界の全てを見通し、登場人物の心の中も、過去も未来も描き出す作家たちです。


 J・R・R・トールキン

 チャールズ・ディケンズ


【三人称一元視点】  三人称限定視点とも

 書きやすさ:〇

 没入感:〇

 表現の幅:◎


 一人称と、神の視点のハイブリッドのような視点です。


 常に主人公の肩の上にいて、その内面を自由に語れる視点です。主人公が見聞きし、感じたことだけを客観的に追いかけます。


 一人称と近いですが、違いはあくまでも客観的に描写されるため、良くも悪くも一定の距離感があります。


 後述する三人称多元視点や、一人称視点に移動しても比較的違和感がなく自由度が高い反面、意識していないと、どんどん勝手に視点がズレていってしまいます。


 そして特に一人称視点以上に、主人公の知りえない情報を書いてしまいがちです。


 ハリーポッターの冒頭より


 ダーズリー夫妻が目を覚まし、戸口の石段に赤ん坊がいるのを見つけてから、十年近くがたった。プリベット通りは少しも変わっていない。太陽は、昔と同じこぎれいな庭のむこうから昇り、ダーズリー家の玄関の真鍮の「4」の数字を照らした。その光が、這うように居間に射し込んでゆく。ダーズリー氏があの運命的なふくろうのニュースを聞いた夜から、居間はまったく変わっていなかった。ただ暖炉の上の写真だけが、長い時間の経ったことを知らせている。十年前は、ぽんぽん飾りのついた色とりどりの帽子をかぶり、ピンクのビーチボールのような顔をした赤ん坊の写真がたくさんあった……ダドリー・ダーズリーはもう赤ん坊ではない。写真には金髪の大きな男の子が写っている。初めて自転車に乗った姿、お祭りの回転木馬の上、パパとコンピュータ・ゲーム、ママに抱きしめられてキスされる姿。この部屋のどこにも、少年がもう一人この家に住んでいる気配はない。


 しかし、ハリー・ポッターはそこにいた。いまはまだ眠っているが、もう、そう長くは寝ていられないだろう。ペチュニアおばさんが目を覚ました。おばさんのかん高い声で、一日の騒音が始まるのだ。  「さあ、起きて! 早く!」  ハリーは驚いて目を覚ました。おばさんが部屋の戸をドンドン叩いている。


 Rowling, J.K.. ハリー・ポッターと賢者の石: Harry Potter and the Philosopher's Stone ハリー・ポッタ (Harry Potter) (Japanese Edition) (p. 32). Pottermore Publishing. Kindle Edition.


『しかし』を起点に、見事に全知視点から三人称一元視点へと切り替わっています。


 映画にするなら、プリベッド通りを鳥瞰するアングルから、ダーズリー家の玄関へと向かい、リビングに入って家庭内の要素を映し、そして主人公たるハリーのもとにぴたりととどまる。


 恐れ多いですが、一人称視点にするなら


 僕がダーズリー家に拾われてから十年くらいがたった。リビングにはダーズリーを称える写真や、思い出の品が増えていったが、僕に関するものはすべて隠されていた。


 そう、いまもこの物置に、家の中で一番目のつかないところに押し込まれている。


 「さあ、起きて! 早く!」


 おばさんが部屋の戸をドンドン叩いている。


 こんな感じでしょうか?全然印象が違うのがわかると思います。ハリーが部屋の中で目覚めて、想像するところからカットが始まります。


 三人称一元視点の代表作家は、他の視点との複合系であることが多いので、これと言って思いつきませんでした。


【三人称多元視点】  

 書きやすさ:△

 没入感:〇

 表現の幅:◎


 先ほどの三人称一元視点の複合型です。全知視点の場合は、すべてのキャラクターに平等な立場ですが、多元視点場合は複数の主人公の視点を行き来します。


 なんといっても、キャラが増えるのでその分難易度が高まります。単純に複数のキャラの思考と感情をかき分ける必用があり、その主人公が知りえない情報を書かないように、さらに注意が必要になります。


 ですが、圧倒的なロマンがあります。登場人物たちが異なる場所で同時に行動する、壮大な群像劇。誰しも憧れるやつです。必然的に視点以外にも、高度な筆力と構成力が必要になります。


 この視点といえば、ジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』(ゲーム・オブ・スローンズ)は外せません。


 複数の主人公、勢力、名家、思惑が絡み合う壮大な玉座をかけたゲームを描いており、まさに圧巻です。


 *締めくくり*


 いかがでしたでしょうか。


 自分はPOVを意識して作品を読むようになって、作家の意図したカメラワークのようなものが少しずつ味わえるようになってきました。


 自分の主観をマシマシで書きましたので、もっと詳しく知りたいという方はぜひアーシュラ・K・ル=グウィンの「文体の舵をとれ」を読んでみてください。

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創作論 科戸瀬マユミ @yukigakure223

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