あしゆびと男

日に夜

🦶

 ぬるりとした湿り気。熱気を孕んだ薄紅色が生き物のように、私の末端をう。

 筋肉は、ピンと張りつめている物ばかりでは無いらしい。

 含まれると、その中に取り込まれてしまったような体温がある——なんて、感じながら私はぼんやりとその光景を見つめている。私は自分のどこか一部でも、愛されたかったのかもしれない。



 窮屈な靴を履くのは苦手だった。爪先をギュッと押し込むような形、安定感がないピンに支えられたヒール。女性の脚を綺麗に魅せるものを、選んでこなかった私はつまらない女じゃないかな。時々そんな気持ちがよぎる事があった。


 勧められたクラフトビールで、ほろ酔い気分だったのは覚えている。もう何度も仕事終わりに食事やお酒を共にしていたけれど、今日のヒロさんは多分飲んでいなかった。


「——本当に好きなんだよ」

 打ち明けられた時には、嘘だろうという気持ちで話を聞いていた。


 ヒロさんと座っていると居心地が良い。何より私と八つほど歳が離れているせいか、一緒にいると知的好奇心が刺激された。友達という関係が、この気楽さを生んでいると思う。


 私は気が緩んで、黒のパンプスを片方、床に落とした。サイズは合っているけれど、裸足が好きな私には窮屈に感じられて、油断すると足から滑り落ちてしまう。


 前回、前々回もそうだった。私の粗相を見つけたヒロさんが、そっと床に屈んで履かせてくれた。最初はちょっとした演出だと思っていたけれど、回を重ねるごとに、その目に不可解な動機を感じとれるようになった。


 今宵は人差し指を、私の足裏に沿わせてきた。少しくすぐったい。私は黙って、次の動作を見ていた。ヒロさんはかかとを包み込むように手のひらで押さえながら、とても丁寧に靴を履かせてくれた。周囲はお酒と会話に酔った大人ばかりで、誰も私たちを気にしない。


「場所を変えようか」

 私はヒロさんの要求をのんだ。


 ホテルに入った私達は、早々に荷物を置いた。私はベッドに腰掛け、ヒロさんを見つめている。ネクタイを緩め、私の足元にひざまずき、黒のパンプスに手を伸ばし——いつもの優しい声で言った。


「脱がせていい?」


 私は一瞬、履いているタイトスカートの奥を期待する。けれどすぐ彼の視線から、そうでは無いことを察した。


 ストッキングを剥ぐため、太ももに触れたあつい指をやけに感じる。繊細な手つきでヒロさんは私を素足にすると、確認するように私を見た。


「嫌じゃない?」

「大丈夫」


 私の足の裏を、頰にそっと添えたヒロさんは、目を閉じてしばらく動かなかった。時折見せていたあの表情は、恍惚としたこの瞬間を味わってみたかったせいなんだ。私は彼を幸せな気持ちに出来たことに、胸が熱くなった。


「もっと味わって」

 私は催促した。彼は舌で、私の踵を湿らすと——足の親指と人差し指の隙間に、抑えていた熱を差し込んだ。





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あしゆびと男 日に夜 @hiniyoru

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