第4話 影道イチロウ、火曜日

【AM06:00】


 目覚め。絡繰核のアラームが鳴る。

 “物理的に鳴らないタイプ”の通知音なので、無視。二度寝。


【AM08:14】


 梅ソーダ片手に出社。

 「今日は定時退社!」と心に誓うが、定時の定義が社内でもバグってるのいつ帰れるかわからない。


【AM08:45】


 朝礼。


 社内ホログラムスクリーンに映るのは社長・神原長玄の顔(録画)。

「皆さん、おはようございます。記録に残らない働き、誠にありがとうございます」


 出社メンバーは正社員二十二名。契約社員一名

 正社員の半分は仮眠明け、残り半分は寝てない。


「本日の訓話─“気配のない社員は、すでに消されたかもしれません”」


 みんな笑ってるが、3人くらいはマジでその可能性がある。


「なお、昨日未提出の報告書は、記録されてないので“存在しなかった”ということで─あ、総務部だけ例外です」


 総務部が沈黙する。

 冷蔵庫の棚番を守る者たちの、静かな怒りが充満する。


 ラストは恒例の“忍びの心得・朝版”を全員で唱和。


「影に生き、記録に残らず、─」

「─隠密、ここにあり」


 イチロウ、最後だけ口パクだったが誰も気づいていない(記録にも残らない)。


【AM08:59】


 社内通路でAI清掃員とぶつかり、互いに謝罪データを交換する羽目に。

 「申し訳ありません/ログ送信完了」←やたら丁寧な態度に、逆に殺意が芽生える。


【AM09:12】


 社内ミーティング開始。内容は「回覧板をもう一度電子化すべきかどうか」

 議論は白熱。なお、回覧板自体が現在行方不明。


【AM09:57】


 ミーティング終了。何も決まらなかったが、プロジェクト名だけは決まった。『Project 物理板ノ儀』

 総務部が泣いていた。


【AM10:40】


 依頼発生。内容:「近隣ビルに現れた謎の影を追跡」

 現地で発見したのは、ただの風船だった。

 ただし風船が違法ドローンと接続されていたため、任務はDランクからBランクに昇格。

 報酬:コンビニポイント40P。


【PM12:13】


 昼食。誰かが社内の共有冷蔵庫から賞味期限切れの梅おにぎりを取り出す。

 イチロウには心当たりがあったが、「これ誰の?」という声に対しては、呼吸を止めて知らないふり。


【PM13:00】


 午後の作業。忍具データのメンテナンス。

「煙玉がBluetoothで誤発火する問題」について、改善案を提出。

 →「じゃあ、Wi-Fi式にしよう」と言い出した者がいて、会議が終わる。


【PM15:20】


 絡繰核の調子が悪い。突然、昭和の演歌が鳴り出す。

「仕事の最中にやめろって言ってんだろうが!」と独り言。

 周囲に聞かれて、広報部にまたつぶやかれた。


【PM16:44】


 仮眠室で横になっていると、月城ミレイが無言で「経費処理のバグ報告書」を置いていく。

 添えられていたメモには「ニンジャ、寝てる場合じゃない」と手書きで書かれていた。かわいくない。


【PM19:45】


 帰社報告を絡繰核に送信しようとするも、ログ同期に失敗。「お前、記録される気ないのかよ」とデバイスに愚痴る。


【PM20:03】


 会社の屋上で風に吹かれながら夕食。

 パウチのもつ煮込みを手でちぎり、そのまま啜る。温めていない。理由は聞かないほうがいい。

 梅おにぎりは、ほんの少し潰れている。でもその“雑さ”が逆にちょうどいい。


【PM20:30】


 帰宅。途中で猫に懐かれ、データ上は「違法生物との接触ログ」と記録される。明日の仕事がまた増える予感。


【PM21:17】


 風呂。絡繰核が防水仕様じゃないため、ビニール袋に包んでぶら下げる。近未来感ゼロ。


「いいかげん生活防水くらい…できるだろ…俺の技術でも…」


 タオルを首に巻いたまま、イチロウは試作の“防水仕様自作カバー・ver3.4”を取り出す。

 素材はラップ、養生テープ、輪ゴム、あと無印のタッパー。社内認可は取ってない。そもそも誰も止めない。


 試しに湯気の立つ洗面所に入る。


 …1分後、カバー内部が完全に結露していた。


「ふざけんなよ…どこから入った…この湿気忍者がよ」


 そのままビニール袋に逆戻り。カバーが床に落ちた音だけが虚しく響く。


【PM23:01】


 ログ整理中、初号式Rが勝手に古い記録を再生。

「記録ってさ、消せば消すほど、記憶に残っちゃうんだよね」─ライカの声。

 やめろ、寝れなくなるだろうが。


【PM23:48】


 就寝。

 枕元に煙玉(誤作動防止済)とコンビニポイントカードを置く。どちらも命を守る装備。(と本人は信じている)

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