第24話 危機①

側衛そくえい隊長! どうしてここに?」


 ミーナが涙をぬぐいながら俊介から離れると、黒服の男に聞いた。


『おやおや、帝国語は忘れたのかね? まあいい、私も日本語で話すとしよう』


 そう帝国語で言うと、男は日本語で話し始めた。


「この地域一帯のモニタリングに妨害が入ってね。安全確認に来たんだよ」


 側衛隊長と呼ばれた黒服の男が、にこやかに答えた。ミーナが険しい顔で側衛隊長に尋ねる。


「どうして私に連絡せず、光学迷彩装置を使って隠れていたのですか? それに、武器をエマ様に向けるとは一体どういうことですか!」


 側衛隊長はニヤニヤしたまま答えない。ミーナが浴衣の足元に手をのばそうとしたとき、ミーナの後ろから声がした。


「おっと、動くなよ、侍従じじゅうかん


 ミーナの後ろから、もう一人の黒服にサングラスの男が姿を現した。拳銃のようなものをミーナの頭に突きつけていた。


 この男は、確か勇太と俊介が召艦めしかんから地球に帰るとき、スポーツカーのような乗り物に乗っていた男だ。


 男が高圧的にミーナに命じた。


「隠し持っている武器を出せ」


 ミーナは動かない。


「早く出せ。殺すぞ!」


 男が大きな声を上げた。エマがミーナに言う。


「ミーナ、ここは彼らの言うことを聞きましょう」


「……分かりました」


 ミーナが浴衣のすそをまくると、太ももに着けたホルスターから拳銃のようなものを取り出し、男に渡した。


 エマが勇太から離れて立ち上がった。勇太も立ち上がる。


 エマが側衛隊長に向かって厳しい口調で問うた。


「この無礼極まりない対応はどういうことなの? 側衛隊長!」


「お許しを。我々は帝国のために行動しております」


 側衛隊長が拳銃のようなものをエマ達に向けながら答えた。


「これのどこが帝国のためなの?」


 エマが側衛隊長を睨み付けると、側衛隊長が笑いながら答えた。


「お分かりになりませんかな? 貴女あなた様や皇帝陛下が帝国を、いや、帝都人を滅ぼそうとしていることを」


「帝都人を?」


「そうです。皇帝陛下は、帝都人と地球人の融合をうたっておられる。これは、帝都人という一種族の遺伝子をけがし、滅亡させる行為に等しい」


 エマが冷静に反論する。


「帝都人と地球人の融合は、両種族の更なる発展、進化のためよ」


「それに、これはお父様の一存ではない。枢密院への諮詢しじゅんと帝国議会の協賛を経たもの。帝国の総意よ」


 エマの反論を聞いた側衛隊長が大声を上げた。


「偉大なる我ら帝都人が雑種に成り下がることの何が進化だ! 何が帝国の総意だ!」


 側衛隊長が銃口をこちらに向けたまま縁側に近づいてきた。


「エマ様の許婚いいなずけを殺せば済むと思っていましたが、そう簡単な話ではなくなったようですな」


 側衛隊長が勇太の顔を一瞥した後、勇太達に向かって怒鳴った。


「全員、建物の中へ入るんだ!」


 勇太達4人は、縁側からコテージの中へ入った。



 † † †



 勇太達は、和室の壁側に並んで立たされた。勇太の右手側に、エマ、俊介、ミーナが並んでいる。


 側衛隊長ともう一人の男が和室の中央に敷かれていた布団の向こうに立ち、勇太達に銃口を向けた。


 側衛隊長がポケットからスマホのような機械を取り出して、布団の上に投げ捨てた。


「あれ? こんなところに電子妨害装置があるなんて。モニタリング妨害は許婚くんの仕業だったんだな」


 側衛隊長が笑いながら言った。俊介を犯人に仕立て上げるつもりらしい。


『隊長、この後どうするんですか?』


 黒服の男が帝国語で側衛隊長に聞いた。側衛隊長がニタニタ笑いながら日本語で勇太達に話し始めた。


「いいことを思い付いたぞ。エマ様と侍従武官は、許婚とその友人に襲われたことにしよう」


「侍従武官は、やむを得ず許婚とその友人を射殺。しかし、エマ様は、けがされてしまったことを苦に、死を決意する」


「エマ様の意志は固く、侍従武官は泣く泣くエマ様の自決を手助けした後、自らの命を絶つ。どうだ、お涙頂戴の話だろ?」


「ゲスが……」


 俊介が側衛隊長を睨み付けた。側衛隊長があざ笑う。


「ははは、ゲスとして歴史に刻まれるのは君の方だよ、許婚くん」


「君は友人と一緒に帝国の皇女を犯し、死に追いやった極悪人になるんだよ」


「そして、帝国により地球人が滅亡へと追いやられる原因を作った張本人になるという訳だ」


『おい、侍従武官の銃を出せ』


 側衛隊長は、もう一人の男からミーナの銃を受けとると、銃口を俊介に向けた。


 パシュ、と小さな音がしたかと思うと、俊介が顔をしかめ、左肩を押さえて壁にもたれかかった。


「俊介君!」


 ミーナが俊介を抱き支える。


「だ、大丈夫だ。ミーナ」


 俊介が苦痛に顔を歪めながら言った。俊介の浴衣の左肩が焼け焦げている。


 側衛隊長が下卑げひた笑みを浮かべた。


「さて、許婚くんには、今からエマ様を襲ってもらうとしようか……ん?」


 その時、和室がカタカタと小刻みに揺れ始めた。

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