第13話 お宅訪問①

「なあ、勇太。明日暇?」


 舞踏会から2日後の金曜日の夜。夏期講習が終わり、いつものように筆記用具を片付けていた勇太に、俊介が声をかけた。


「うん、明日は空いてるよ」


 勇太は即答した。明日は夏期講習もないし、特に出掛ける予定もない。


 それを聞いた俊介がホッとした様子で言った。


「良かった! 実はさあ、親父達が勝手に調整したらしく、明日エマの家に行くことになっちゃったんだよ」


 俊介が頭を下げて手を合わす。


流石さすがに1人で行くのは気恥ずかしくてさ……勇太も一緒に来てくれない?」


「え? 僕が行っても大丈夫なの?」


「大丈夫だよ! エマもミーナを呼ぶらしいから」


 舞踏会以降、勇太はエマにメッセージを送っていなかった。


 エマの許婚いいなずけが俊介だと分かり、俊介を差し置いてエマに連絡するのは、親友を裏切ることになるような気がしたからだ。


 エマも勇太の気持ちを察してくれているのか、エマからのメッセージも届いていなかった。


 たった二晩だけなのに、エマとやり取りできないのが想像以上に辛かった。


 なので、正直なところ、勇太はエマに会えるのがとても嬉しかった。本当は飛び上がって喜びたい気分だったが、俊介の前でそれを隠すのに必死だった。



 † † †



 翌日の昼前、勇太は俊介の家に向かった。いつものTシャツにジーンズ姿だ。


 家を出る直前まで猛勉強したので、遊びに出掛けることについて親から特に反対はされなかった。


 俊介の家は、勇太の家から歩いて15分くらい。この地域一番の豪邸だ。


 俊介は、その豪邸の門の前で立って待っていた。勇太と同じくTシャツにジーンズのラフな格好だ。


 俊介のすぐ後ろには、カッコいい4ドアのスポーツカーが停まっていて、黒服にサングラスの女性が立っていた。


「ゴメン、俊介。待たせちゃったかな?」


「大丈夫。まだ約束の時間前だし。これ、エマのとこの車だって。カッコいいよな」


 2人は黒服の女性に促され、スポーツカーの後部座席に乗り込んだ。黒服の女性は助手席に乗り込む。


 運転席には、なぜか戦闘機のパイロットの飛行服のような服を着て、バイザー付きのヘルメットを被った男性が座っていた。


 助手席の黒服の女性が後部座席に顔を向け、勇太達に声をかけた。


「それではこれからめしかんへ向かいます。シートベルトをご着用ください」


「おめしかん? 勇太、どこか知ってる?」


「ううん。都内じゃないのかなあ」


 シートベルトをしながら2人が喋っていると、車は静かに走り出した。


 俊介が助手席の女性に尋ねた。


「あの、おめしかんって、ここからどれくらいなんですか?」


「そうですね、今の位置だと、だいたい30分くらいですね」


「今の位置?」


 俊介が聞き返した時、運転手が知らない言葉で助手席の女性に何か言った。それを聞いた助手席の女性が勇太達に声をかける。


「離陸します」


 離陸? 勇太が不思議に思った直後、車は静かに上昇した。


「え?」


「わっ」


 勇太と俊介は、驚いて窓の外を見た。地上がみるみる遠ざかる。


 勇太が驚いて助手席の女性に聞く。


「こ、これって、飛行機なんですか?」


「ああ、通船つうせんですよ。見た目は地球の地上車に似せてありますけどね」


「つうせん?」


「そうですね。ええっと、別の言葉だと、連絡船……あ、宇宙往還機と言った方が分かりやすいですかね」


「宇宙?!」


 勇太達が驚いている間に、スポーツカーのような乗り物はどんどんと上昇していった。



 † † †



「地球だ……」


 勇太は窓の外を見ながらつぶやいた。よくテレビで見る「宇宙ステーションから見た地球」がまさにそこにあった。


「俺達、宇宙に来たんだな」


「うん……」


「え? もしかして勇太、泣いてる?」


 勇太はポケットからハンカチを取り出して涙を拭きながら笑った。


「はは、まさか自分の目で宇宙から地球の姿を見られる日が来るなんて思ってなかったから……」


「そっか、勇太は星とか宇宙が好きだもんな。良かったな」


 俊介が勇太の肩にポンと手を置いた。勇太は泣きながら何度もうなずいた。


 助手席の女性が勇太に優しく声をかけた。


「本当に美しい惑星ですよね。我々の故郷、帝都とそっくりです」


「そうなんですか?」


 勇太が驚いて聞いた。女性が微笑む。


「ええ。初めて地球を見たとき感動しました」


「こんな遠く離れたところに帝都とそっくりな美しい惑星があって、しかも我々とそっくりな人々が暮らしているなんて……」


「これはもう、運命的な出会いですよね」


 女性がニッコリと笑った。

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