【2筆目】ソフィア


「…いったい、どういうことなんでしょうか」


 図書館からの帰り道。うんうんと考え込んでいたミカがため息一つ落としてから、俺の背中にそう声を投げた。すぐに答えられる内容ではない。立ち止まり彼女の方へ向き直ると、眉間に皺を寄せていた彼女と目が合った。


「まずは編集長に相談しよう。…こればかりは俺も、だいぶ混乱していて」


 何が俺たちの思考を支配しているか、ことの発端は少し前に遡る。





「どうぞ。隣国の専門店から仕入れたハーブティーです。お口に合えば良いのですが」


 詳しい話を聞くために連れて行かれたのはソフィアの個室であった。話を聞くに、彼女はこの図書館で住み込みで働いているのだという。見た目の年齢から推察してもまだ早いのでは?と考えたが、俺の視線に気づいてかどこか気恥ずかしそうに答えてくれた。


「顔や身長のせいでよく勘違いされるのですが、私はエルフ種なんです。お二人よりも年上、だと思いますよ」


 驚いた。彼女をジロジロと見つめてしまっていたことに対する謝罪をしながら、彼女の耳を見つめる。


「エルフ種とは初めてお会いしましたが…耳が尖っているものだと…」

「皆さん同じことを言うんです。期待を裏切ってしまい申し訳ありません。昔は…もしかしたらそうだったのかもしれませんが、皆さんと変わりませんよ」


 少し照れた様子でもっとよく耳が見えるよう、ソフィアは横髪を指先で持ち上げる。そこには俺たちと変わらない丸みを帯びた耳があった。

 エルフ種───昔は人間より少し少ないくらいの数がいたらしいが、現代はその数もずいぶん減ったと聞いている。彼らは特別な力を持っているわけではなく、人間との違いと言えば長寿である、というくらいだろうか。背筋をよく伸ばして座る彼女も、先に言っていた通り長い時を生きているのかもしれない、ということだ。

 ちなみにアルバデラン王国には、人間やエルフ種のほかにケモノ種も暮らしている。


 両手で持っていたティーカップを静かにテーブルへ戻し、ソフィアは言葉を続けた。


「…さて。本題に入る前に説明をしなくてはいけないことがあります。お二人は、”魔法”を信じますか?」


 想定外の単語に思わず言葉が詰まる。そんなもの、創作上でしか聞いたことが無い。隣のミカへ視線を送ると、同じくこちらを見ていたようで視線が交わる。小さく首を振る。手に持っていた手帳とペンを握り直し、真っすぐ答えた。


「信じていない、というわけではありませんが。見たことも聞いたこともありません。…まさか、エルフ種には扱えるものなんですか?」

「いいえ。エルフ種もご存じの通り、長寿であるという特性以外は人間と大きな違いはないと認識しています。それはケモノ種も同じですね」


 話の流れが上手くくみ取れず言葉を探していると、立ち上がったソフィアが机の上から複数枚の写真を持って戻ってきた。写真には木々が立ち並ぶ森のような場所に、門のような人工物が建っている様子が写っていた。


「これは先月、リナイダの森と呼ばれる場所で撮ってきた写真です。真ん中に写っている"門"のようなもの…これが突如現れたという報告を受け、私を含めた数名で調査に行ってきたんです」

「突如現れた?誰かが"造った"ではなく?」

「はい。この場所の近くには澄んだ川があり、近くに住む方が飲み水として汲むためによく通るそうで。『昨日には無かった』という相談を受けたんです。仮に人が造ったにしてもこんな大きな建造物、たった1日では造れない…そう考え危険が無いか確認に行ったのが始まりです」


 興味をそそられる内容だった。ミカとそれぞれペンを走らせながら、話の続きを待つ。


「私たちもただの建造物だと考えていたんです。…それが間違いでした。調査中、この門をくぐった一人が"消えた"のです」

「……消えた?」


 手を止め顔を上げる。ソフィアはこちらに構わず、机に並べられた写真を指さしながら述べた。


「私を含めその場にいた全員が、"消えた"のを目撃した。間違いありません。消えた仲間に驚いたのでしょう、もう一人が後を追ったのですが…その方も同じく姿を消しました。そして今も、2人は戻っていません」

「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか」


 ──門の先には何もない。見ただけではそれは間違いないのだそうだ。門を一周しても、人が隠れられるような隙間も影もない。2人が消えたことで「危険」と判断され、ソフィアたちは体勢を整えるために帰還した、という。

 どういうことだ。騎士が2人消えただなんて大事件ではないか、とそこまで内容を手帳に書き残したところで、もともとの話であった魔法について思い出した。「その門が魔法か何かで2人を消した、ということですか」と尋ねると、ソフィアは首を縦にも横にも振らず、少しの沈黙を作った。


 「…勿論それもありますが、本題は別です。数日後、あの時あの場所にいた複数名に異変が起き始めました。…そうですね、正しい表現かどうかはわかりませんが…"魔法"が使えるようになった"んです」


 馬鹿な。思わずそう口を滑らすところだった。口から零れなかったのはおそらく──ソフィアが嘘をついているようには思えなかったという直感、そして、


「私もその魔法を使い、お二人を呼んだのです。──状況を打開できる人物のもとへ届く──そんな魔法をかけた手紙を使って。立ち入り禁止の保管庫からとある禁書が消えた──……、"その理由を探せる人物のもとへ"」


 この言葉に、圧倒されてしまったからだった。




「先輩は魔法を使えたらどんなことをしてみたいですか?」

「事件が起きるたびに俺に一番に知らせが入る、みたいな感じかな」

「いやいや、事件が起きないように魔法を使ってくださいよ」


 ソフィアの話が脳内を駆け回る。

 あの後、個室にスタッフがやってきてソフィアを呼び戻してしまった。何やら本件に関する重要な会議があるらしく、どうしても外せないのだという。お預けをもらった気分だが仕方がない。話の続きは向こうから連絡をしてくれるそうで、今日は解散となったのだ。「どうかまだこのことは他言無用でお願いします」という、記者にとって痛い言葉を残して。


 ミカは「空を飛んだりとか、圧倒的魔法力!とかで最強になったりできるのかな」などと、どこか調子の抜けたことを口にしている。大スクープが舞い降りてきたことに気づいているのかいないのか、俺は今後の動き方を決めるため彼女に向き直り、口を開いた。



 ───ただし、開いた口から言葉は続かなかった。



 ミカのすぐ後ろに、彼女より頭3つ分ほど背丈の高い何者かが、立っていた。黒に近い紫の衣を風になびかせているそれの顔は、深く被ったフードで見ることはできない。「先輩?」と、背後の異変に気づいていない様子のミカの手を強く引き寄せ、"それ"と距離をとる。そうして俺の視線の先に気づいたミカも、あんぐりと口を開けていた。先ほどまで冗談を言っていたのに、だ。知り合いではないのは確かだろう。


「ああ、哀れな───…」


 笑みを含んだ言い方で、それは呟いた。低い男の声で確かに「哀れ」と口にした。「先輩、知り合いですか?」とどこか怯えた様子で小さく呟くミカに「いや」と短く否定を返す。彼女を背に「誰だ」と聞くも、それは質問には答えずにゆっくり腕を上げた。その動作を見入ってしまったのがきっと悪かったのだろう。次の瞬間には俺たちに向かって茨のようなものが伸びてきたではないか。


「先輩!!」


 ミカに押され横に倒れる。茨が頬をかすり、少量の血が地に落ちる。急いで振り返り彼女の安否を確認する。尻もちをついてはいるが、怪我はしていないようだ。安堵する暇もなく男がもう一度腕をあげたが、遠くから大勢の足音がこちらへ走ってくる音が耳に入り動きが止まる。騎士団だ。

 迫りくる騎士団には目もくれず、男は……風に揺れたフードからのぞいた口元で俺に笑いかけたかと思うと、一歩小さく下がってから次第に透明になって、目の前から消えた。



 ───そいつが【禁】の印がついた本を右手で抱えていたのを、俺は見逃さなかった。



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