大江戸始末屋追善供養記

ヒロロ✑

第一章 地蔵坂の影

第1話

 蝉時雨も落ち着いた九月の中旬。

 やっと風にぬるさがなくなりかけた夕刻、まだ緑が残る紅葉を見ながら三谷道啓みたにどうけいは談話をする庫裏で茶をすすっていた。

「和尚様〜和尚様〜」

 本堂から女の声がする。

 参拝者かと、道啓はやおら立つと障子襖が勢いよく開いた。

 道啓は驚く暇もなく女に肩をガッシリと掴まれた。

「助けてくだせぇ和尚様、後生ですから」

 よく見ると、地蔵坂の近くにあるこの法縁寺ほうえんじによく拝みに来る小間物問屋の女将「おきよ」であった。

「どうしなすったお清さん」

「実は⋯⋯」

 三谷道啓はよく話を聞くと言う評判で檀家信徒以外にもよく相談事を聞いていた。

 いつもは明るいお清が涙ながらに嗚咽をこらえて訥々とつとつと話し始めた。

 今、市井で横行している地上げであった。

 金子を貸す高利貸しと組んだ建前だけ商人の輩が返せない金子と引き換えに担保にした土地を強引に獲ろうとしていたのだ。

 法縁寺で願掛けをしたお陰で子宝に恵まれたと喜んでいたお清は、今は身を売るしかすべがないと嘆いていた。

 爪は整えられていたがところどころ赤く腫れ上がった手を見つめ、道啓は発心ほっしんした。

「女将さん、もし御供養を志として精一杯でよい、積んでくれるならこの三谷道啓、不惜身命で解決に骨を折ろう」

 パッと顔を上げたお清は目を真っ赤にして法縁寺和尚「三谷道啓みたにどうけい」の肩に泣き崩れた、

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