怪異RTA

幽村ひかり

第1話

「――つまり、生き残るためには、五分以内にすべての怪異を振り切って脱出しなきゃいけないんです」


 ■■■■の声が、重苦しく響く。


 誰もが、困惑半分、絶望半分といった面持ちで顔を見合わせる中、霧崎レイラがようやく口を開いた。


「……五分、か。厳しいな。その計算は確かなのか?」


「はい。まず大前提として、今私たちのいるチャペルはセーフゾーンなので安心してください。

 カウントはこの扉を開けて、外に出た時点から開始。

 その時点で、すべての怪異が私たちを捕捉可能になります。

 色んな怪異がいるみたいですが、一番厄介なのは旧校舎の井戸に潜む『忘れられた■■』。この怪異に呑まれた時点で生存は絶望的だと思ってください。

 そして、唯一の脱出口である校門がこの怪異に呑み込まれるまでの時間が、ここを出て五分です。」


 再び場を沈黙が支配する。

 音といえば、こぽこぽと間抜けに鳴る水音くらいなものだ。

 緊張に耐えかねたかのように、相澤まりんが恐る恐る話しだす。


「あの……さ。わたし難しいことは分からないけど、でも、その。

 もう手遅れじゃないのかなぁ……?」


 まりんの身体は、半ば溶けきっていた。

 愛らしい顔は引き攣り、その首から下はぶよぶよと蠢く不定形な何かになっている。

 他の者も、程度の差はあれど、似たようなものだった。

 こんな状況で、どう脱出するというのか。

 そもそも扉を開けることすら、できそうにない。


 ――しかし。


「大丈夫。私がみんなを戻してあげます」


 その声がすべての始まりだった。



◇◇◇




「クゥゥゥウウビィイイイイイ」


 背後。右から襲いかかる頭を、霧崎は最小限の動きでヒョイと躱す。


「ふう。しかし、ろくろ首の鳴き声が『首』とはね」

「あれって鳴き声なのかなぁ?」


 軽口を叩きながらも、足は止めない。

 突き当たりを右に曲がって三歩、ジャンプして床から伸びる謎の手を回避する。

 初めは怖がっていた相澤も、慣れたものだ。


「なー、このまま校門まで行っちゃダメなのか?」


 先頭を進む大守彰が、わざわざ振り返って話しかけてくる。


「おい、さすがに前は向け。

 それと、チャペルに行かなかった場合の回帰がどうなるのか読めない。試すにしてもアイツに相談してからだ」


「一周目のこと考えたら、聖水なしでグラウンド走るのは怖いかも……」


「あんときゃ危機一髪だったな。つーかアイツいなかったら全滅だったな!」


 ――そう。

 全滅寸前だった。

 むしろ既に全滅していたと言っていい。

 そして、何度も全滅を繰り返している。


「うーん。でもそろそろ同じことすんの飽きてきたんだよな。そうだ!」


 一瞬物思いに耽っていたせいで反応が遅れた。


「ばっ、おい待て!」

「新しいショートカット開拓ー!」


 大守は走ったまま器用に窓を開けると、そのまま空中に身を放つ。


「彰ちゃん――!?」


 ここは三階、いくら大守と言えど――。

 嫌な予感に慌てて下を覗き込むが、彼女は超人的な動きで見事に花壇に着地すると、こちらに向かってピースした。


「へへ、どーよ! これでかなりの短縮になるんじゃね!? 褒めてもいいぞ!」


 イラッとするが、それどころではない。


「このバカ、さっさとそこから離れろ――!」

「へ……?」


 ――ああ、遅かった。


 大守の荒らした花壇からにゅるにゅると異様な植物が伸びる。


「やべっ、足掴まれた……!」

「あ、彰ちゃん!? どうしよう霧崎さん! はやく助けないと!」

「ああ、行くぞ」


 そう言いつつも、私の胸中は諦めが支配していた。

 植物はみるみると育ち、馬鹿みたいに大きくなる。

 やがて四階建ての校舎よりも高い大木にまでなると、その太い枝から血のように赤い果実が実った。


 ――ふと、果実と目が合う。


「■■■■■■■■■■」


 その果実が何かの音を発したのだと、そう察した瞬間には、私の意識はもう暗がりに落ちていた――。



◇◇◇



「なあ、肝試ししよーぜ!」


 この馬鹿は、性懲りも無く何を言っているのか。

 昼休み。いつものように一人屋上で本を読んでいる私に、大守が絡んでくる。

 元はと言えば、私だけの平和な空間だったのに、彼女が居座るようになって三ヶ月は経過していた。


「断る」


 このまま無視をしてもいいのだが、そうするとこの馬鹿は私から本を取り上げる暴挙に出かねないのは経験済みだ。

 私は仕方なく端的に返事をして、読書に戻る。

 

「なんだよ、怖いのか?」

「――そうは言っていない」


 その言葉は心外だった。

 安い挑発と分かってはいても乗らざるを得ない。


「第一、オカルトなんて実在する訳がない。よって怖がるなんて有り得ない。私はただ、時間の無駄だと言っているんだ」

「ふーーん??」


 大守は小馬鹿にするようにニヤニヤと笑う。

 私は不愉快な気持ちになり、ジロリと睨んだ。


「何が言いたい」

「べっつにー。でもさ、マジな話、この学校って夜になるとヤバいんだって。

 なんか七不思議とかあるらしーぜ」

「興味ない」


 本当に微塵たりとも興味が湧かない。

 七不思議なんて、暇を持て余した女学生の遊びだろう。

 私は忙しいのだ。


「やっぱ怖いんだな」

「怖くはない」

「そっかそっか、クールぶってる霧崎の弱点分かっちゃったかも。おーい、相澤!」

「おい!!!」

「へっ!?」


 屋上の角、いつもの定位置でのんびり弁当を食べていた相澤は、突然話しかけられてビクッと身体を震わせる。


「あ、彰ちゃん。ごめん聞いてなかったよ」


 食事を中断し、律儀に立ち上がってこちらに近づいてくる。

 そうされてしまうと、本を読み続けている私が無礼みたいではないか。

 ――ああ、私の平穏な時間が。


「おう、今日の放課後この三人で肝試しな!」

「ええっ!? き、肝試し?」

「私は同意してないぞ」

「相澤、なんか用事あったか?」

「ううん、ないけど……。肝試しかぁ……」

「おい、話を聞け」


 かくして聖アルティ女学院の生徒である、霧崎レイラ、大守彰、相澤まりんの三人は肝試しを行うことになった。

 長い長い、たったひと晩の出来事が始まる――。

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怪異RTA 幽村ひかり @yumura_

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