第2話 四人の紳士達の提案

「最初、包丁の形をハートにと思ったのは、他店との差別化ではなく、どうなんだろうと思ったんですよ。ハートの形を見てて、捌けなくはないかな、最新の技術で研いだ石で魚を捌くのは可能だろうか、違いはあるのかと」

と、大将がにこやかに言った。

 他の客にも、何度も言った言葉と思った。

隣にいる、友人にも。



「最新の技術なんだ、やっぱそうですよね」



「普通に研いだだけでは、無理ですね」

と大将は残りの半身をハートの黒曜石オブシティアンで、身を剥がし、削ぎ落とし、握って出す寿司を僕と友人は口に入れる。



 口の中は新鮮な甘みと、生臭さがとれ更に軽い味に、僕も友人も心が飛び言葉がでないまま、すぐもう一つ口に入れた。



「なに、これ!最初のだって生臭さなかったのに、最初食べたのが生臭かったって思うくらい」

 一気に言う、友人。

 僕も、うんうん頷く。



黒曜石オブシティアンは生臭さを飛ばし、甘みを引き出すようです」

と大将。



「もう、考えられない。美味しいです」

と僕。



「鯛、黒曜石オブシティアンにしようかな。いや、やっぱそのグリーンの石で」

と友人。



「アベンチェリンですね」

と大将。

「アベンチェリンで、お願いします」

 自腹でお金払って食べるのに、丁寧な声で言った。ありがとうございますが、伝わる声だった。友人は2回目で、僕より感動が大きいのかなとも思ったし、寿司と包丁の奇才な出会いを考えてくれてありがとうが、汲み取れる声でもあって、僕も楽しくなるし、連れて来てくれて本当に感謝していた。



 大将はささっと、ハートのアベンチェリンで鯛を捌き、寿司を握り板におく。

 直ぐに、手が出る友人と僕。



 飛んだ!!

 口に入れた瞬間に、意識が飛んだ。

 若葉薫るような鯛の味に。

 切るもので、こんなに『味が違うの』 に感動。

 金属の味を感じない。

 柔らかな味に。



 今迄、食べてきた刺身や料理に金属の味を感じた事はなかった。でも、金属を味わっていたと思う、この気持ちに科学の躍進!!を感じ初めていた。

 ロケットが飛び、石を取って戻って来たのは凄いなとは思っても、感動も技術の躍進も感じなかった僕は、ここで初めて技術、科学を考えた。遺伝子や電子の解明の話を授業で聞いても『なんですか、それ?ふーん』だった僕。

 それが、(美味しい!美味しい!美味しい!)

と思う気持ちに、科学技術の革新を思い。

初めて、原始の時代から科学の進歩に直面した気持ちが沸いた。




 味は見た目、葉っぱの緑の色のせいとも思ったけど(それと同時に蜂蜜色の黄色は、どうなんだろう)と思った。




その時着物の女性が、年配のお客を四人カウンターの奥に通し、客の一人が大将に言った。



「大将、今日は全部ダイヤで頼むよ。まずは、はもと中トロで」

 四人の一人眼鏡が言い、僕達に顔を向け大将に聞く。

「新客?」



「はい、お越し頂きまして。嬉しいことです」

と大将。



「折角だから、君達も中トロとはも食べなさい。ダイヤでのカットは、そう食べられる物ではない」

と眼鏡の紳士。



「えっ、えっ???」

「えっ、えっ???」

友人と僕は、一斉に言っていた。



「大将、彼らにも。こっちにつけてくれればいいから」

と眼鏡の男性は笑って言い、

「ありがとうございます」

と、大将は頭を下げ



「でも...」

と僕が言うと

「遠慮しない。ご馳走するにしても、その二つ。ダイヤでのカットは、お代がいいからね」



「中トロで、食べるぐらいでいいよ。大トロではね」

と一人が言い、四人の客は笑った。



(ダイヤのハート高いのか。そうだよな、ダイヤ分高いんだ)

と友人と僕は、目配せで話す。



「ハートの包丁は特別な研ぎに出しますので、特にダイヤは」

と大将。



「だからこそ、トレビアンな寿司が味わえる」

 恰幅のいい紳士が言う。



「気になったら、試してみるといい。大トロをダイヤで。中トロで頼む僕達が、わかるよ」

 また彼らは笑い、僕達はご馳走になりダイヤの鱧の虜になり、中トロで昇天しかけた。

食事でこんな気持ちになったことはなく、今迄とは違う異次元の味わいに、お腹一杯寿司を食べるという気持ちはなく、味覚を満たされ、空腹が満たされた程度の量で満足をしていた。

 これ以上食べて、今幸福な口の中を汚したくない気持ちから席を立ち、年配の紳士達にお礼を言い、来週の平日の同じこの時間に予約をして帰った。




 友人と、いつものように何処かでとも言わず、どこにも寄らず帰った。

僕と友人は、幸せだった。

口の中が、頭の中が、気持ちが心地よく、来週が楽しみで仕方なかった。



予約した当日、楽しみにしていて、僕はとても冷静だった。

気分は弾んではいたけど、あんなに美味しく思ったのは、目先の新しさに翻弄されたからではと。

ハートの形の包丁は、とても斬新だ。

癒しのフォルムに可愛いい色、黒曜石オブシティアンに可愛いさはないけど、様々な色の包丁に翻弄されただけって。

それなら友人は、僕を誘ってないよなと思う。待ち合わせた友人は満足げな顔をしていて、やっぱり今迄とは概念の違う、異次元な味覚なんだと思った。

3回目の友人の顔で実感するものの、僕は2回目で冷静で、正しい判断をするぞと受けて立つ気持ちでいたけど、足元は子供のお遊戯のように弾んでいた。

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