素死屋
@mugen004
第1話 新しい味
「そこの寿司屋、特別な包丁で捌いた魚で握ってくれて美味しいんだ」
と友人にメールで誘われたその日の退社後、寿司屋近くの駅の改札口で久々の待ち合わせで、向かう道々話が弾んでいた。
「で、特別な包丁って?国宝級の包丁とか、明治や江戸、戦国時代迄戻って名工のとかだろ」
と、つい聞いていた。
返信に『行ってからの楽しみ』とあったのを、別にいいだろう話せよの気持ちで聞いた。
普段ならまあいっかだけど、目の前で捌く寿司は人生初めてで、僕はウキウキで、友人も会社の接待で上司に連れられ、どうしても、また直ぐに行きたくなって僕を誘ったらしく。
「違う」
「じゃあ、現在の科学の粋の包丁とか」
「そうだけど、違う」
と笑う友人。
「ナニ、それ」
と疑問の僕。
「見れば分かるさ」
「そうだけど、教えてくれてもさぁ」
二人で、押し問答しながら歩いていた。
寿司屋は表通りの店でも、駅近隣のビルの店でもなく、路地を何本か入った裏通りの店と聞いていて、駅から15分位と。
歩く度に高そうな面構えのカフェ、OLDなワインバー、西洋骨董店等と、高級な佇まいの見慣れぬ雰囲気に、僕は急に不安になっていた。
「なあ、かなり高いんじゃないの?」
「まあ高いけど、俺達の財布でも大丈夫。目が飛び出る程じゃ... 、あっここだ。話に夢中になって、通りすぎる所だった」
と友人は足を止め、丁度目の前が、その寿司屋だった。
店の構えは、寿司屋らしく格好よく
「本当に、大丈夫?僕達の給料で」
「アハハハ、思うよな。俺も思った。こんな高そうな所で接待、うちの会社がって?!でも、一万もあれば大丈夫。値段も書いてある。心配なら、高い物を頼まない事だ」
「まあ、そっか。そうだよな」
と僕。
引き戸を開けると、十畳程の広い土間が気分をゆったりさせる。
友人は、出迎えの着物の女性に名前を告げ、
店内は影のない明るい白木の造りにカウンター、あまりの明るさと高級な空間に僕は見回していて、女性に通されたカウンターの中央席に驚く友人と僕に、優しそうな顔の大将が
「中央を御予約のお客様がキャンセルされまして、宜しければ、どうぞ座りください」
と言われ、恐る恐る座る友人と僕。
初めての寿司カウンター席デビューの僕もドキドキして座る。
女性が、おしぼりとお通しを置く。
へーっと思う僕はまずビールと思い、メニューを見るとビールの銘柄が五つ。
どれも小瓶で(え、ナニこれ?!)と驚いている僕に
「驚くよな、五つもあって。好きなので、飲めるぞ」
と友人がどうだーと、相槌をする。
「折角、足を運んで頂くのです。お好きな飲み物で、召し上がって欲しいですから」
大将がにこやかに言い、友人と僕は各々好きな銘柄を頼んだ。
銘柄が、五つあるのが嬉しかった。
高い店に来て、好みのビールで飲めないって悲しいよな、やっぱ折角お金払うのに。友人が誘った理由は、これも一つかなと思うも、目は大将の前のまな板に、僕の目は釘付けだった。
真ん前で、捌くのが見れるのも嬉しいし、友人が言っていたネタケースのない綺麗なカウンターに、僕は新しい高級な体験をする事に、気分が飛んでいた。
ビールが置かれ、飲みながら友人が
「とりあえず白身、平目と鯛」
「僕も平目とマグロ、いや中トロで。マグロを中トロで」
とメニュー表の金額を見て、思い切って変更。友人が、おおっと顔をし言う。
「[今日のお勧め]にも、あるもんな」
しかし店内は二人だけで、続けて友人が聞く。
「今日は、僕達だけですか」
「いいえ、殆どの方が八時からで。今日は、皆さん遅めの方ばかりですね。では、平目からにしましょう」
と大将が言い、女性が氷の張った桶に平目を乗せたのをまな板の横に置き、大将は平目を手にとりまな板に置く。
「先に、鱗取りはしてあるんだ」
と小声で、教えてくれる友人。
大将は、まな板の前の物を手に取り、真ん中の穴に人差し指を入れ、クルッと回し、尖った刃先を上にする。
男の手の平大の物で...
僕は、全くそれを気にしてなかった。
なんか、置いてあるなで...
でも、ただ、それは... 大将が手に取り、僕は暫く、まざまざと疑視し(なんだ、それ!)って、びっくりして声をあげていた。
「包丁!包丁ですか、それ!それで、魚を捌くんですか!ハートの形の包丁なんてあるんですカ?!!!」
「特注です」
と、にっこり顔の大将に
「まあ、見てなって」
と、楽しそうな友人。
できなくはない? ... 扱えないならしないよな。手の平大の大きいハートは、外周ぐるりと刃先で、若干縦長のハート。
(手裏剣の別バージョン?いや、ハートじゃクルクルって飛ばないよな。しかし持つとなると)
ハートの包丁に、度肝を抜かれる僕。
手の平にあたる刃が怖いし、友人の言った「そうだけど、違う」が分かった。
僕のエーっの顔をよそに。
ハートの形のせいか、きらりと風が舞うかのような動きを見せる大将の手。
平目の皮を剥がし、内臓を取り、骨を剥がし、更に鋭く薄いハートの刃で身を削ぎ落とし、サッと酢飯を握り僕と友人の前に、平目の握りを置く大将。
友人は白醤油をつけ美味そうに食べ、僕は普通の濃い醤油をつけて食べる。
折角の良い素材をと、残念な気持ちで見ていた僕。確かに鮮やかに捌くけど、ハートの包丁が美味しそうに思えなかった。
でも、食べると、さっき迄の概念が“ぽん”と飛んでいた。
平目の寿司の美味しさに、舌鼓打つ僕。
でも、今度は白醤油をつけて、もう一つ頬張る。少し失敗したと、軽い方がいいと思ったからで、味覚が僕を支配していた。
目が覚める美味しさって、こういうのって思った。
職人が捌くのを折角見る機会なのに感動がないばかりか、大将の貫禄の無い残念さは、感動さ一杯に変わっていた。
今迄、上等な寿司を食べてきた僕じゃないけど、回転寿司ばっかの僕だけど、それでもわかる身の美味しさだった。
平目は、まだ半身剥がされてなく。
「次は、何に致しましょう」
大将は言い、次っ?と思う僕に、
「お前、選べよ」
と、ニヤニヤ顔の友人。
大将が、まな板の横の銀のケースを180度開く。
まな板の横に金属の銀のケースがあって、包丁の入ったケースだろうと、気にもしてなかった。
(えっ、包丁!!! でも鉄じゃないし)
漆黒の布地の上に、ズラっと赤からオレンジ、黄色〜黒、輝く透明な石のハートのカラ・バリが横二列で並び、目が点になった。
大将と友人を交互に見る僕を、笑っている友人。その反応に声が出た。
「ハートの包丁!!!ちゃんと切れるんですか!!これって、インド雑貨で見る石だよね」
僕は、立ち上がっていた。
「そう、宝石の石」
俺もそうだったと言う、友人の顔。
「切れるの!!だって、鉄でなくて石ですよ!!確かにまわりはよく研いだ薄い刃のようですけど、カッターより薄い刃のようだけど」
僕は、並ぶハート型の石の包丁から大将の顔に移していた。
「まずは、食べろ」
友人も立って、俺の肩をポンポン叩いて言う。
「じゃあ、じゃあ、その黒いの」
「
と大将。
「カラーを、選ばないのか?」
と友人。
「なんか切れそうって思って」
「信用ないなぁ」
ハハっと笑う友人に、大将。
大将も、これには慣れっこなんだろう。
当然と思う。
(ハートの石で魚捌いて、握ろうだもんな。そりゃ原始時代は石を研いでカットしてたにしてもさ、普通思わないよ)
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