第四章 3
「ほんとに病院行かなくていいの?」
「そんなとこに行ったら検査検査で入院だ。ご免だよ」
蓮花は槇の腫れあがった顔を冷やす氷を探した。
「えーと、冷蔵庫」
「そっち」
「あと、消毒ってどうすればいいの」
「綿球と消毒用エタノール。そこの引き出しに入ってる」
蓮花は深夜の診察室をうろうろと歩き回って、あれやこれやと探し回った。
「骨、折れてない?」
槇は腫れた顔を歪ませて、ふふと笑った。
「医者の手応えでは、肋骨が何本か」
「じゃあやっぱり病院に」
「肋の骨っていうのはね、折れてもどうしようもないの。放っておいて、元に戻るのを待つしかないんだよ」
「でも肺とかに刺さったりしたら」
槇は笑って言った。
「そんなとこに刺さったら、血を吐いて大変だよ」
彼は咳き込んだ。
「あんまり笑わせないで」
「ごめん」
蓮花は槇の顔の切り傷を消毒しながら、呟くように言った。
「ほんと、誰にでもやさしいんだから」
それを聞いて、槇は眉を上げた。
「もっと他にやりようが」
「違うよ」
彼女の言葉を遮って、槇は言った。
「俺が誰にでもやさしく見えるのは、相手がたまたま患者だからだ。本当の俺は、そんなにやさしくない」
「えっ、でも小夜子さんには」
「あれも、患者だからだよ」
蓮花は手を止めた。
「じゃあ、なんで私にはやさしくしてくれるの」
その鈍さに、槇は苦笑した。その拍子にまた身体が痛んで、顔を顰める。
「俺がお前にやさしいのは」
彼は言った。
「お前だからだよ」
蓮花が持っていた綿球とエタノールをぼと、と落とした。
彼女は信じられないような表情で、唖然として言った。
「もう一回、言って」
槇は決まり悪いような、照れたような、どう言えばいいのかわからないような顔になった。
「――」
囁き声が漏れて、春の夜に溶けて消えた。
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