第四章 

金田の大きな怒鳴り声が、ガラス窓をびりびりと震わせた。

「馬鹿野郎」

 子分たちはそれで首を竦ませ、悟られないように目を一瞬細めた。これで恐怖に目を瞑ったりしたら、たちまち金田に殴られるだろう。

「また失敗しただと。てめえらは一体何度間違えば気がすむんだこのゴミクズ共が」

 怒りに任せて彼が蹴散らした机が倒れて、物凄い音を立てる。手下たちは、黙ってそこに立っている。

「あの医者を、あそこに住めなくしろ。目障りなんだよ俺の目の前から消すんだ」

 すると、金田の腹心らしき男が言いにくそうに口を開いた。

「お言葉ですが、若頭。あの医院は中立地帯です。言わば、聖域です。あそこに手を出すのは、まずいです」

「そんなこと俺の知ったこっちゃねえんだよ。それは我妻と棚橋の協定だろ。俺たちは我妻でも棚橋でもねえんだよ。だったらそんなのは知らねえよ。俺がやれと言ったらやるんだ。いいか、次こそやれ。必ずだ」

 金田がそこを出ていっても、子分たちは顔を見合わせて気が進まない様子だった。

 だが、彼の命令は絶対である。

 そうして話し合いの末、それはある夜に遂行された。

 夜中、槇はなにかきな臭いにおいで目が覚めた。

 なんだ?

 ぱち、ぱち、ぱち。

 なにかが燃える音がする。起き上がって、灯かりをつけた。周囲に火の気はない。また、音がする。ぱち、ぱち、ぱち。においは濃くなっていく。

 槇はなにかを予感して、階段を下りていった。

「――」

 玄関の扉が、ごうごうと音を立てて燃えていた。火災報知器が鳴っている。えーと、こういう時はどうすればいいんだっけ。あ、消火器か。

 もたもたと消火器を出していると、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。

 火が消えると、警察も来て実証検分となった。

「これは、放火ですな。心当たりはおありですか」

「いえ、うちはただの医院ですので」

 表向きは、本当にただの医院である。だが、これは由々しきことだ。

 槇医院は、西と東の真ん中の場所にあって中立地帯である。

 我妻も棚橋も、ここに手を出してはならないという不文律がある。

 誰かが、それを破った。

 聖域が、侵されたのだ。

 ――誰だ。

 警察と話をしながら、槇はそんなことを考えていた。

 どっちの組の、誰がそんなことをした。なにが目的で。

 とにかく、玄関は丸焦げである。扉が閉められないから、内部が丸見えだし、寒い。

 明日の朝一番で業者に電話しなくちゃな、と思いながら、寒さに手をこすり合わせつつ三階に戻っていく槇を、金田の手下の者が物陰からじっと見つめていた。

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