第三章

蓮花は、俺になにも言わない。なにも要求しない。

 これだけ深い関係になれば女が当然のように言ってくるであろうことを、彼女は口にしない。

 泊まりたい。もっと一緒にいたい。恋人に、なりたい。

 泊まるなと言ったことはない。泊まっていけばいいと思う。だがそんな俺の思いとは裏腹に、蓮花は余韻が覚めるとさっさと起き上がって服を着、行ってしまう。まるで、もう用事はすんだからここにいる必要はないわねとでも言いたげに。

 それで、俺は言葉を飲む。

 もう帰っちゃうのか。もう少しここに、いろよ。

「じゃあ、また明日ね。先生」

 俺の手を振り払うように彼女は言うと、軽やかに階段を下りていく。その足音がいつも耳にこびりついて離れない。

 わかってる。わかってるはずなのに、言うことができない。言えば、確実になにかが変わる。そしてそれは、好転するとは、限らないのだ。

 ならば、中途半端なままでいい。なにか変わって気まずい思いを抱え、ぶち壊しになってしまうくらいなら、このままでいい。

 ひとは俺を臆病だと笑うだろう。だがこんな世界で生きる俺にとって蓮花は、かけがえのない存在だ。手放せない、暗闇に咲いた花みたいなものだ。

 歯がゆい。歯がゆいが、蓮花を失う恐怖に比べれば、なんでもない。

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