葉少年と秋の気配


 職場からの帰り道、立ち寄ったファミリーマートの駐輪場でチキンを頬張っていた。

 職場でも家でも気を遣う自分のオアシスはここ、コンビニの駐輪場だった。ここでのひと時がなければ限界などすぐに来てしまうだろう。

 ちょっと疲れた日はすぐに立ち寄り、心を癒している。


 いつものようにチキンを頬張り、ペットボトルのサイダーで喉を潤す。

 これが自分にとって一番の「かいふくのくすり」である。体力だけではなく、状態異常まで治してしまう。心のまひ、やけど、どく、こおり、こんらんをすべて治してくれる。(ポケットモンスターシリーズをプレイしていない方、すみません……)


 めっちゃ秋やん……なんて思ったのはそんなときだった。

 サイダーが火照った体を冷やした影響もあったはずだが、そこに吹いた風があきらかに以前よりも冷たかった。そういえば空気の匂いにも秋が漂っている。


 ついに来たか、と歓喜した。

 今年はまだサンマも焼き芋も食べていない。紅葉なんてまだ見られない。

 秋らしいことは何一つしていないのに、夏の中から秋の気配を感じた、その瞬間が一番、「めっちゃ秋やん」なのである。


 小さな頃から秋は四季のなかで一番好きな季節だった。

 いや一番好きな季節は冬なのだが、だからこそ秋が大好きだった。

「空気感はほぼ冬」と言っていい秋は「冬を消費せずに味わえる冬」みたいな立ち位置だった。

 日曜日があるからこその土曜日、クリスマスがあるからこそのクリスマスイブ、元旦があるからこその大晦日、である。冬があるからこそ秋の輝きが一層増すように思っている。子どもの頃にそんな風に思って以来、ずっとそんな感覚であった。


 葉少年は秋の気配を瞬時で感じ取ると、いち早く冬を前借りしようと母親の買い物についていき、スーパーで粉末のココアをしれっとカゴに入れた。

 金曜日の夜、ドラえもんを観ながらあっつあつのココアを飲み、ココスの包み焼きハンバーグのCMに腹を鳴らし、ようやく流れ始めたシチューとあったかハイムのCMにワクワクしていた。冬が来るぞ……と。

 思い返せば特に趣味もなかった葉少年はそんなことにときめいていたぼんやりボーイだった。幸せなやつだ。でもそれでいいと今は思う。

 

 ただ、いま思えば、秋が一番好きだったという記憶に疑問も浮かぶ。

 大きな理由のひとつとして大嫌いだった体育の授業が挙げられる。秋になれば寒いという理由で体育館でのマット運動などというものが始まる。そして冬になれば持久走。


 運動音痴なのだ。開脚後転などできるはずがない。そもそも後転が出来ないのだから。跳び前転などできるはずがない。そもそも家で寝ていたいのだから。

 

 持久走も嫌だった。まず二人一組になって一人が記録側になり、何周走っているのかをそのペアの方に把握されているのが嫌だった。

 校庭を10周。信じられない。しかも5時間目。ありえない。お腹いっぱいで走ればお腹が痛くなる。

 給食室のおばちゃんが心を込めて作ってくれたご飯をセーブして食べろというのか。そんなことできるわけがない。少なくとも教室に貼りだされた給食メニューを登校時にチェックをしては楽しみにしていた自分には無理な話だった。


 持久力のない葉少年は周回遅れの常連だった。記録などされなければインチキして早めに切り上げようとでも考えたがそれも無理な話だった。

 真面目に腹を押さえながら、もう歩くほうが早くねえか、という速度でゴールに向かっていた。寒いからと親に渡された手袋が心細さを際立たせ、ゴールするころには半ベソ状態だった。葉少年は頑張った。


 持久走大会で親たちが見学する日は一日中憂鬱だった。

 良い記録を出せる子たちは良いだろう。ただ自分のように遅い人はいつもより多い人数の前で恥ずかしい思いをしなくてはならない。

『俺は将来教師になってこの親が見学に来るという決まりを廃止してやる……』という思いを胸に走っていた。

 いまの子たちはどうなのだろうか。完走できなくてもいい。記録よりも自分の心を守ってほしい。


 学校という場所は誰かと共存し、足並みを揃える術を教えられる場所であるけど、葉少年にとっては、自分にはそれが無理なのかもしれないという恐怖を教えてくれた場所だ。同級生には常に追い抜かれ、置いて行かれていた。

 

 社会に出た今になっても、大してあの頃からそのあたりの能力は変わらない。

 でも味方に出会えたり、ちょっとでもその傷の癒し方を知れたのは大きかった。


 なんだか色々思い出して切なくなってきた。

 もう一個、チキンを食べようか。今日ぐらいいいだろう。

 たった一つのチキンしか買わない自分にも「あざした」と口調こそは軽いけれどちゃんと目を見て言ってくれる若い店員にもちょっと励まされる。


 点線に沿って袋を開ける。揚げたてかもしれない。

 なんだよ。ファミリーチキン。名前通り、家族みたいに温かいじゃないか。

 

 

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百葉箱文庫 山崎 葉 @yamasaki_yoh

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