One thread story(日晴編)
響音
第1話
二○二○年 十月
藤代 日晴(ふじしろ ひはる)
十六歳
紅柿色の瞳と髪
髪はお団子ツインに結っている
好きな物は和菓子
でも最中と粒あんは除外
嫌いなものは怖い話
特技はタロット占い
結構当たる
そのタロットカードが告げている
「嫌だぁ……。」
私は結果に背くように布団の中に潜り込む。
このカードが出てしまった
月のカード……
つまり……
襖がスパーンっと開かれて
「日晴、いつまで寝ているつもり?」
姉の流日(りゅうか)が起こしに来るのだ。
太陽のカードだったら良かったのにぃ
お兄なら優しく起こしてくれるのに……。
お姉はといえば
「あと三秒で起きなかったら組手を私に勝つまでやらせるわよ。」
容赦ないのである。
しかも前回よりもハードル高すぎる。
前に一度起きなかったら午前中ずっとお姉に組手させられ
地獄を叩き込まれた。
「起きます!おはようございます!お姉!」
間髪入れず起きて布団の上でお辞儀をしてる私にお姉は満足したのか
「よろしい。」
そう言って絹のような髪をなびかせて部屋を出ていった。
さて……起きたはいいけど。
「今日は何をしようかな。」
ここは裏世(りせ)
人やそうでないものが暮らし
魔法と科学が融合した世界
その世界は大きく六つの領地で成り立っている
暁(あかつき)、大和(やまと)、月影(つきかげ)、一宴(いちのえ)、五ツ星(いつつぼし)
そして私の住んでいる藤代の屋敷は鎖切(さぎり)の領地に位置している。
藤代家は古くから鎖切家の懐刀として支えてきてて
お兄はその頭首
お姉は補佐をしている
私はというと……。
「暇だ……。」
難しい文字が羅列してある本をパタリと閉じて私はそのまま寝転がった。
私はというと文字通り箱入り娘なのである。
いや、上品に言い過ぎた。
引きこもりだ。
基本、自分の家から出ることができない。
出ないんじゃなくてできないんだ。
「日晴、いるか?」
その声にピンと背筋が伸びる。
「どうぞ。」
そして入ってきたのは
鎖切家頭首の刃黒(はっこく)様だった。
「刃黒様、いらしていたんですね。」
「少し相談事があってな。さっき日駆(ひかけ)とは話したんだが。」
「兄と……何をですか?」
刃黒様は私が用意した座布団に座り、私は刃黒様の正面に座る。
「日晴、表世(ひょうせ)へ任務に行って欲しい。」
「はい?」
私の次の言葉が出るよりも早く刃黒様は口を開く
「日本にはレスト学院という学校があるんだが、そこの学校は何故だか裏世の者が多く紛れているらしくてな、害はないだろうがあまり裏世の情報が流れすぎて混乱が起きるのもまずいし……そういうわけで潜入捜査をして欲しいんだ。」
「ちょ……ちょっと何がなんなのか……。」
まるで未確認生物が出たから丸腰のまま退治してくれと言われたようだ。
「表世だからお前には影響ないだろう。」
「それはそうですが……。」
「よし、来週から頼んだ。」
「来週!?」
刃黒様は私の肩をポンと叩くとからから笑いながら部屋から出ていった。
その後、お兄の部屋にて
「お兄……具体的な説明を求める……。」
「具体的……といわれても刃黒さんから言われた通りで……来週からよろしくね。」
「いや……だから……。」
さっきからこの調子でのらりくらりとかわされているのである。
「……日晴はこの任務は嫌かい?」
「嫌とかそういう意味じゃなくて……なんか目的もあやふやだし。」
「とりあえず行っておいで。日晴も毎日家の中だと気も滅入るでしょ。」
「う……まあ……。」
確かに毎日暇だけど。
「じゃあ来週まで表世の勉強だね。」
「やっぱりやめたい。」
お兄が出してきた広辞苑並のテキストの分厚さからはそんな言葉しか出てこなかった。
小学校から大学まである全寮制のミッションスクール
レスト学院
そこの高校潜入が私の今回の任務だった。
まあでも納得、これだけ大きな規模の学校を現代そうそう作れるものでもないだろう。
何かしら裏世の圧力がかかっているはずだ。
でもそれを調べると言われても……。
校長とかを直撃すればいいのかしら。
金曜日放課後
案内された高校の応接室で待っているとドアがノックされて
「待たせたな。」
栗梅色の髪で活発そうな雰囲気の若い男性教師と
その後ろにはふわふわとしたすこしくせ毛の黒髪をした男子生徒がいた。
あれ?この男の子
どこかで見たことあるような……。
「担任で理科を担当している時雨 篤志(しぐれ あつし)だ。よろしくな、藤代。」
「同じクラスの癒月 あさき(ゆづき あさき)です。何か分からないことがあったら聞いてください。」
「藤代 日晴です。よろしくお願いします。」
私は立ち上がりお辞儀をした。
そしてある程度学校についての説明を受けた後、時雨先生と別れて
癒月君に校内を案内してもらうことになった。
「これで特別教室は全部です。次は外を案内しますね。」
癒月君はサクサクと学校案内をしていく。
にしても……やっぱり。
「外には部室棟があるけど……藤代さんは何か入りたい部活はありますか?」
「いや、特には……えっと癒月君。」
「あさきでいいですよ。」
「私も日晴でいいよ。」
「じゃあ日晴さんで。何か質問でも?」
「どっかで会ったことない?」
あさきはその言葉にキョトンとして
「えっと……ごめんなさい。覚えがないです。」
「気にしないで。私の勘違いだったかも。」
とはいえ何か気になる……。
でも私はここ数年まともに新しい人に会ったことはないし
「日晴さん?」
「あっ、ごめんね。次はどこに……。」
「じゃあ寮の辺りと……その前に湖と森があるから案内しますね。」
「何でそんなものが学校にあるのよ。」
とはいえ……。
「はぁ〜……。」
湖の前で感嘆の声をあげる
煌めく水面にはやはり心洗われるものがあった。
「どうしてこう……自然豊かな場所は空気が美味しいのかしら。」
伸びをして深呼吸
久々に触れ合う自然が心地よい。
「そんなに違いますか?」
「少なくとも私はね。」
ずっとあそこに引きこもってたわけだもの……。
家周辺なんてあの時以来出たことなかったんだから。
「前は都会の学校だったんですか?」
「……まあ、そんなものよ。」
と言うしかない。
「そっか……僕はずっとここだからちょっとだけ他の学校も憧れるかも。」
「そういえば幼稚園からあるのよね、ここ。」
「はい、入ったのは小学校からだけど。小学校と大学はここから少し離れた所にあって中学校はあっち。ちょっと森が凄いけどその奥。」
あさきが指差したほうには青々と茂る森が……。
「だから何で学校に森があるの!?」
あえて触れてなかったけどやっぱりあれ校内の一部なの!?
「うーん、何でだろう。癒し効果?」
「マイナスイオンみたいな?」
「そうは言っても生徒は立ち入り禁止なんですけどね。でも周囲を散歩するのは自由です。ちょっと行ってみますか?」
「そうね、せっかく来たし。」
まあまあ歩いたからか
運動不足の身体は熱を帯びていた。
森林浴でもすれば少しは涼しくなるだろう。
森まであと数メートルのところで
「うっ!」
いきなり胸の奥が熱くなって私はその場に蹲る。
何……これ。
「日晴さん?日晴さん!?大丈夫?」
あさきの声がだんだん遠くなって
私はそこで意識が途絶えた。
『……吸……魔法……』
熱に魘されながらうっすらと目を開ける
誰かが話してる
『妹……助か……か?』
お姉……?
『後遺……可能……やって……。』
ふわふわとした黒い髪……。
『五大医師として……必ず……。』
澄んだ黒い瞳……。
あさき……?
目を開けるとそこは白い天井と……。
「日晴さん!?先生!目を覚ましました!日晴さん、俺のこと分かる?」
私を心配そうに覗き込んでくるあさきがいた。
「あさき……?」
あさきは私の言葉にほっと胸を撫で下ろした。
「びっくりしました。いきなり森のところで倒れて……。」
「そう……だったの……。」
森……。
うん、そういえばそこで何か胸が熱く痛くなって……。
「夢で……あさきが出てきた気がする。」
「僕?そんなに印象残ってたのかな……。」
「ん……夢……というよりは……。」
昔あったことみたいな……。
でも内容を思い出そうとするとチリチリと頭が痛む。
なんだろう、これ。
「目が覚めて良かったわ。どこか体調が優れないところはない?」
そう言ってカーテンを開けたのは和服に白衣を着た桃色の髪の女性。
なんでこの人和服に白衣着てんの……。
「ここの養護教諭の音無 凛(おとなし りん)よ。転入前に災難だったわね。癒月君、少し外に出てもらってもいいかしら?」
「あっ、はい。じゃあ僕は時雨先生に起きたことを伝えてきます。」
「ありがとう、あさき。」
「お大事に。」
あさきはそう言って保健室から出ていった。
「慣れないことがあって疲れも溜まっていたのかもしれないわ。熱はなさそうだけど……。」
「はい……。今は何ともないです。」
夢のことを考えるのを止めるとさっきまでの頭痛が嘘みたいに引いていった。
私は起き上がってスリッパを履く。
「あの森、別名「迷いの森」といわれているの。あまり近づかない方がよくてよ。」
「「迷いの森」?」
「中に入ればなかなか外に出られないとか……。実際、何人もの生徒が肝試し感覚で中に入って数日経っても出てこなくて捜索隊が入っていったなんてケースも過去にあったらしいの。」
「そんなことが……。」
「だから貴方も近くを通る時は慎重になさいね。」
「……はい。」
そんな摩訶不思議なこと
もしかしたら裏世に通じているかもしれない。
部屋に帰ったら藤代に報告してみよう。
「失礼しました。」
私は一礼して保健室をあとにする。
って……。
私そもそもどこに帰ればいいの?
寮の部屋のことも何も聞いてないんだけど……。
とりあえず職員室に向かおう。
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