第3話 コンビニ
(怪談師村上ロックさんに提供した話)
山々に囲まれた小さな田舎町といっても二十四時間営業のコンビニくらいはちゃんと存在していた。
私も頻繁に利用した。勤務時も夜中の警ら中は必ず立ち寄るようにしていた。これは防犯上の観点から必要だからというだけではなく、コンビニの店員さんの事を寝静まった町の中で共に働く数少ない戦友のように感じていたからでもあると今になって思う。
そんな毎日を送っていた私は自然とコンビニ店員さんとも良好な協力関係を築いていった。特に仲良くなったのは五十代くらいの松原さん(仮名)という女性の店員さんだった。
私が警ら中に立ち寄り
「こんばんは。今夜の夜勤は松原さんなんですね。防犯警戒で立ち寄らせてもらいました。何か困った事とか変わった事はないですか?」
などと声をかけると
「夜はほとんど私よ。あんたがちょくちょく来てくれるから何にもないわよ。それに松原さんてあんた堅っ苦しいわ。おばちゃんでいいのよおばちゃんで。ははははは。」
などと明るく会話ができるほどには仲良くなった。そんな会話を勤務の度にしていたし仕事以外でも買い物に行っていたので
「おばちゃん今日も来ましたよ。」
と言って来店できるくらいには関係性を築けていた。
しばらくそんな日が続いたある日、そのコンビニがそこから数十メートルほど離れた広い敷地を有した場所に移転するという話を耳にした。お世辞にもそのコンビニは敷地が広いとは言えず何より駐車場が狭いため駐車場内での車同士の接触事故も頻発していた。もし移転の話が本当であれば個人的にも住民の方々にとっても喜ばしいことだた思った。
私はいつもの様に夜中の警ら中コンビニに立ち寄り松原さんと会話する中でその話の真偽を確認してみようと思い世間話程度に話を振ってみた。
「そういえばこのコンビニ移転するって話聞きましたけどそうなんですか?」
「そうなのよ。今度のとこは広いから駐車場も広いしあんたたちの仕事も減りそうでよかったわね」
「ははは、だと助かるんですけどね。店員さん達もみんなそのまま移動する感じなんですか?」
「今のところそうらしいのよ。新しいところで私もやる気満々よ。新しい子も募集するらしいから色々教えないといけないしね。移転したらしたで大変そうだわね。ははははははは。オーナーも店長も新しい人になるらしいから今までとやり方が変わってくるかもしれないけどまあ頑張らないとね」
「そうなんですね。場所変わっても私パトロールにちょくちょく顔出させていただくんでまた話相手になってくださいね。ははははは」
どうやら事実の様だった。そう言えばオーナーが変わるという情報があったな。一応情報として報告書作っておくか。そんなことを考えながらコンビニを後にし警らを続行した。
その数日後、移転先の土地で地鎮祭が行われているのを目にした。確かに今のコンビニの土地の二倍以上はある思われる広い土地だった。それから数ヶ月で土地は整備され新店舗が建てられコンビニがリニューアルオープンそた。
今でも忘れない。六月九日。
オープン日には店頭でイベントが催され風船をもらい喜ぶ子どもたちやくじ引きの様な物を楽しむ人々で賑わっていた。私も少し落ち着いた頃に訪れてみた。店員さんは忙しそうにしていたが皆笑顔だった。商品を持ちレジに行くと初めて見かける若い女の子がレジをしていた。ネームプレートには名前の上にトレーニング中の文字。慣れない手つきでレジ打ちする女の子の右斜め後ろに立ってその様子を見守る松原さん。普段夜勤の松原さんも新人教育のために駆り出されたのだろう。私は一瞬声をかけようと思ったが邪魔してはいけないと考え直しお会計を済ませた後一言頑張ってくださいと声をかけて立ち去った。
勤務中もいつも通り防犯警戒のために立ち寄るがその度に松原さんを見かけることはあってもバックヤードや事務所に入っていく後ろ姿や、飲み物が陳列された冷蔵庫の商品を取る際に裏側から飲み物を補充している松原さんと目があったりするだけでタイミングが悪くなかなか以前の様に会話することはできなかった。忙しそうだから仕方がないと思いながらも少し寂しさを感じながら他の店員さんに異状がないか確認し防犯活動をする日々が続いた。
コンビニの移転オープンから一ヶ月ほど経った頃、私が当番勤務のため警察署に出勤し朝礼を受けていると前日の事件事故の引き継ぎ事項で昨晩死亡事故が発生した事を知らされた。
亡くなられた方の名前と事故の状況、どうやらバイクで夜間走行中に動物が飛び出してきたらしくそれを避けようとして転倒し打ちどころが悪く亡くなってしまったという事故のようだ。
動物が飛び出してきたとは言うものの、これも後続車を運転していた方からの聴取で判明したことであり、その運転者もはっきりと何が飛び出してきたかは見えておらず黒い影しか見えていなかったとのことだった。
当時はドライブレコーダーもそれほど普及しておらず結局何が飛び出してきたのか判明できなかったが、その付近の道路では頻繁に鹿や猪と車が衝突する事故が起こっており、事故現場を捜査しても第三者がいた様な痕跡もなかったこと、周囲に動物の毛が落ちていたことからおそらく鹿や猪ではないかという話でまとまった様だった。
交番に到着し前日の当番員の先輩と引き継ぎ業務を行う中で死亡事故の話になり、亡くなったのはそのコンビニの店長だというこを知らされた。
その数日後、今度はそのコンビニのオーナーが亡くなった事を知らされた。私が勤める警察署から離れた他警察署の管轄で起こった事案のため詳しく知ることはできなかったのだが、どうやら被害者宅で火災が発生したらしく家族はなんとか助かったもののオーナーの男性だけが逃げ遅れてしまったらしく消防隊が救出した時にはすでに手遅れの状態だったようだ。
立て続けにコンビニ関係者が亡くなっており、しかも移転して日が浅い時期に起こっていることから私は移転先の土地が何か影響しているのではないか、悪い土地だったのではないかと考えたりもした。
またその数日後、私が当番勤務をしていた時のこと。交番に一本の電話が入る。
「あっすみません。私〇〇(住所)に住んでる〇〇という者なんですけど。私の家の隣の家からここ数日変な臭いがしていて、隣に住んでた女性もここ一ヶ月くらい見てないので・・・もしかしたらと思って通報させていただいたんですけど・・・」
とい内容だった。私はその通報があった事をすぐに警察署の上司に伝え現場に向かった。
現場に到着すると確かに臭う。日常生活では滅多に嗅ぐ事のない、ただ警察官にとっては確実に嗅ぎ覚えのある変死現場のしかも死後かなり時間が経過してご遺体が腐乱している状態の何とも比喩しがたいあの臭いだ。すぐに捜査員に連絡し、大家さんに合鍵を借りて中に入った。
ご遺体は和室のちゃぶ台の側で倒れていた。腐敗がかなり進んだ状態で体液が流れ出し畳に染み込んでいた。大量の蛆虫が湧くと同時に室内には蝿が飛び交っている。ご遺体の横には除草剤の入っていたと思われる容器が転がっていた。遺留品からご遺体の身元が判明した。
松原さんだった。
驚いたし悲しかったが私情は挟めない。ただ、一緒に現場にいた捜査員の先輩にだけは故人はコンビニの店員さんであることと顔見知りで親しかったということを伝えた。
鑑識官が写真を撮り私は捜査員と協力して実況見分を行う。その後ご遺体を運び出すため、人が一人入るサイズのファスナーが付いた袋に移動させたのだが畳に接していた部分の皮膚はへばりついてしまっており、動かす度にミチミチミチと音をたて体から剥がれ落ち、持ち上げるために掴んだ肩や腕からは肉がズルっと剥がれ落ち骨が見える。出来るだけ損傷がないように袋に移した後ご遺体は検視のため警察署の検視室へと運ばれていった。
私は他業務のため検視には立ち会うことはできなかった。検視に立ち会った先輩から聞いたのだが死因はおそらく除草剤を服毒したことによる中毒死で自殺だと考えられるとのことだった。検視後に解剖もしてさらに詳しく調べる様だがほぼ自殺で間違いないらしい。先輩が憂鬱そうな顔で私に言った。
「遺書も出てきたし自殺で間違いないと思う。遺書どこから出てきたと思う?」
「衣服の中からとかですか?」
「いや、検視の時に手とか開いたりして撮影するだろ。その手の中から出てきた。数十本の髪の毛と爪と二枚の名刺と一緒に握りしめてたわ。」
「本当ですか⁉︎」
「マジマジ‼︎俺気味悪くてさ・・・握ってた名刺さ・・・あのコンビニのオーナーと店長の名刺でさ・・・もお呪いじゃん」
遺書には
私が死ぬのはお前らのせいだ。絶対に許さない。 六月九日
と書かれていたらしい。検視の結果死亡してからやく一ヶ月ほど経過しており遺書もあったことから、コンビニのリニューアルオープン日でもある六月九日前後ではないかとのことだった。
リニューアルオープン日に自殺・・・人間の怨みというものを垣間見たようでゾッとした。
コンビニの店員さんから聴取して判明したのだが、松原さんは移転と同時期に解雇されていたらしい。理由は不明とのことだった。
私がここ最近コンビニで見かけていた松原さんはなんだったのだろうか?
ただ一点腑に落ちたこともあった。コンビニで見かける松原さんの指先・・・若干緑がかって見えていたのだ。
ある特定の除草剤による服毒死、それにより手の指先が若干緑色に着色されるという現象は、この職業をしている者にとっては割と知られている。
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