第2話 ヒミコさまのおなり
館の前には、もうたくさんの子どもと大人が集まっていた。
女の子たちは館の前にずらりと並び、おれたち男の子供はその後ろで身をかがめ、深く頭を下げて座る。顔を見せてはいけないのだ。
このクニでは女が主役、男はできるだけ隠れていなければならない。そういう決まりなのだ。
女の子たちは手を祈りの形に組み、膝立ちになっている。みんな白い服に茶色い紐の衣装。ひとりひとりは簡素でも、こうして並ぶと見事なものだ。
おれたち子どもは、自分たちの身体でヒミコさまの館への道を作る。そしてヒミコさまを称える祝詞を口ずさむ。古代語として、このクニの子ども皆に教えられる旋律だ。
大人の女たちはかがり火や祈りの木の枝を手に道の中央に立ち、踊りながら王の一行を先導する。
大人の男は、行列には参加しない。ヒミコさまの館の守りに入っているのだ。
やがて、行列が見えてきた。王をはじめ、偉そうな男たちは馬に乗り、他の者は歩いている。
金をたくさん身につけた豪華な王の行列が目の前を通る。ガシャン、ガシャンと鎧の音が響く。みな体格の大きな男ばかりで、迫力に少し圧される。
それでもおれは祝詞を途切れさせず、歌い続けた。
女の子たちも頑張っているんだから、おれたちが気を抜くわけにはいかない。
「ヒミコ様の、おなーりー!」
先導役の大人の女たちが次々に声を張り上げる。
館の扉が開き、ヒミコさまが姿を現した。長い黒髪、真っ白な絹の着物に赤い帯。
頭にかぶった薄い絹から、時折見える肌は白くて、浅黒い肌をしたおれたちと同じ人間とは思えない。
その隣には、弟であるオトヒコさまが控えている。
ガシャン! 男たちがひざまずき、鎧がこすれる音が響いた。屈強な男たちを従わせるヒミコさまは、やっぱり凄い。
「よくいらっしゃいました、ツヂクニの王」
「ご無沙汰しておりますな、ヤマタイのヒメミコ」
「お元気でいらっしゃいましたか」
「ええ、冬は厳しいですが、なんとか。酒と干し肉をお持ちしました」
「それはそれは。皆も喜びましょう」
干し肉!思わず顔がにやける。こういうときは男で良かったと思う。
女の子供だったら、客人のほうに顔を見せていなければならない。おれは下を向いているから、にやついてもバレることはない。
「ヒメミコさま。王とのお話の続きは、鏡の間で」
オトヒコさまがそっとヒミコさまに話しかける。
オトヒコさまは数少ない大人の男の中でも、いちばんえらい方だ。このクニでは男は女を支える柱となる。いちばんえらい女であるヒメミコ様を支えているのが、オトヒコさまなのだ。
「あぁ、そうでしたね、ありがとうオトヒコ。では、ツヂクニの王、こちらへ」
「はっ」
そう言うと、ツヂクニの王とヒミコさま、オトヒコさまは館の奥へと消えていった。
残された王の従者たちに、国の女たちが呼びかける。
「ご一行は女たちがもてなしますゆえ、離れの広間へ」
「おお!」「やった!」
男たちは喜びの声を上げた。
ここまで来れば、おれたち子どもの仕事は終わりだ。
「メノコたちはメノコジへ戻りなさい。オノコたちは道を片付けてから帰ること!」
〈サル〉の号令で、列を離れる。
「ふわ~!終わった終わった!」
ヒサメが大きな伸びをしている。トキも顔を上げておおきく伸びをした。
「これから、馬のフンの片付けかぁ~!」
「オノコたちは大変ねえ」
「おれ、もう、ねむたいよう~~~。」
トキが大きなあくびをする。
「おおきなお口!」
小さな女の子、トヨがそれを指さして笑う。
「真似しちゃだめだよ、トヨ」
トヨの世話をやいているヨウという女の子が、まるで先生みたいな口調で言った。
フウもうんうん、とうなずいている。
まったく、女の子ってのはまじめなのが多い。
それから、道に残ったフンを片付けて、トキとオノコジに帰ろうとしたとき、おれを呼び止める声が聞こえた。
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