『俺達のグレートなキャンプ120 ぎっくり腰に耐えながら巨大鮎を釣るぞ』

海山純平

第120話 ぎっくり腰に耐えながら巨大鮎を釣るぞ

俺達のグレートなキャンプ120 ぎっくり腰に耐えながら巨大鮎を釣るぞ


早朝の川辺キャンプ場。朝霧が立ち込める中、石川は異様にテンション高く両手を広げて深呼吸している。

「うおおおお!今日もグレートな一日が始まるぜえええ!」

石川の大声で鳥たちがバタバタと飛び立つ。隣のサイトの年配夫婦が眉をひそめて振り返る。

千葉はテントから這い出してきながら、寝ぼけ眼でニコニコ笑っている。

「石川君、今日のグレートキャンプは何だっけ?」

富山はコーヒーを淹れながら、既に疲れた表情で溜息をつく。

「まーた変なこと考えてるのよね...朝からあのテンションだもん」

石川は振り返ると、まるでプレゼンテーションでもするかのように胸を張り、指をビシッと空に向ける。

「今日の暇つぶしキャンプはこれだ!『ぎっくり腰状態で巨大鮎・60センチを釣るぞ作戦』!」

千葉は目をキラキラさせて手をパチパチ叩く。

「おお〜!なんかすごそう!」

富山はコーヒーカップを持ったまま固まる。そして、ゆっくりと振り返る。

「...は?ぎっくり腰って、わざと?」

石川はドヤ顔で腰に手を当て、わざとらしく「うっ」と顔をしかめる演技をする。

「そう!わざとぎっくり腰状態を作り出し、その苦痛に耐えながら巨大鮎をゲットする!これぞ究極のグレートキャンプだ!」

富山の顔が青ざめる。コーヒーカップががくがく震えている。

「ちょっと待って、ぎっくり腰を演技するってこと?」

「いや!」石川は力強く首を横に振る。「本気でぎっくり腰になるんだ!中途半端じゃグレートじゃない!」

隣のサイトの年配夫婦が完全にこちらを見ている。奥さんの方が旦那さんの袖を引っ張って何か囁いている。

千葉は相変わらずニコニコしながら手を叩く。

「石川君、それってどうやってぎっくり腰になるの?」

石川は得意げに胸を叩く。

「簡単さ!重いものを変な体勢で持ち上げれば一発よ!」

富山が慌てて立ち上がる。コーヒーが少しこぼれる。

「ちょっと!それ危険すぎでしょ!本当にぎっくり腰になったらどうするの!?」

「なったら釣りをするのさ!」石川は拳を握りしめ、キラキラした目で川の方を指差す。「痛みと戦いながら巨大鮎と格闘する!考えただけでワクワクするじゃないか!」

富山は頭を抱える。

「ワクワクしないわよ!普通に釣りしましょうよ!」

その時、隣のサイトから年配の男性が歩いてくる。心配そうな顔をしている。

「あの、お隣の方...大丈夫ですか?ぎっくり腰がどうとか聞こえてきたもので...」

石川は振り返ると、満面の笑顔で手をひらひら振る。

「ご心配ありがとうございます!今からわざとぎっくり腰になって釣りするんです!グレートでしょ!」

年配男性の顔が困惑に歪む。そして、ゆっくりと後ずさりを始める。

「あ...そうですか...お気をつけて...」

年配男性は急ぎ足で自分のサイトに戻っていく。奥さんと何やらヒソヒソ話している。

千葉は石川の腕を引っ張りながら興奮している。

「石川君!具体的にはどうやってぎっくり腰になるの?僕も手伝うよ!」

富山は千葉の肩を掴んで揺さぶる。

「千葉君!止めなさいよ!なんで毎回毎回、石川君の無謀な提案に賛成するの!?」

石川は川辺に向かって歩きながら、後ろ向きに話す。

「まず重たい石を拾って、腰を思いっきりひねりながら持ち上げる!これで完璧にぎっくり腰になれるはずだ!」

石川が川辺で大きな石を物色し始める。両手で抱えるほどの重そうな石を見つけて、ニヤリと笑う。

「これだ!完璧な重さだ!」

富山は慌てて駆け寄る。

「やめて!本当にやめて!」

しかし石川は既に変な体勢でしゃがみ込み、石を抱えようとしている。

「せーの!」

バキッ!

「うぎゃあああああああ!」

石川が地面に崩れ落ちる。本当に腰をやってしまったようで、顔を真っ赤にして悶絶している。

千葉は感動で目を潤ませる。

「すごい!本当にぎっくり腰になった!さすが石川君!」

富山は頭を抱えてしゃがみ込む。

「だから言ったのに...どうするのよこれ...」

石川は地面に這いつくばったまま、震え声で話す。

「だ...大丈夫だ...これで...準備完了だ...」

隣のサイトの年配夫婦がテントから顔を出して、心配そうにこちらを見ている。

「あの人たち、本当に大丈夫かしら...」

「関わらない方がいいよ、お母さん...」

石川は這いながら釣り竿に向かっていく。

「さあ...今度は...釣りだ...」

千葉は興奮しながら釣り竿を持って走ってくる。

「石川君!釣り竿持ってきたよ!」

富山は諦めたような表情で、救急セットを取りに行く。

「もう知らない...勝手にして...」

石川は這いながら川辺まで移動し、なんとか座り込む。顔は汗だくで、時々「うっ」と呻き声をあげる。

「よし...これで...巨大鮎との...戦いが始まる...」

千葉は石川の隣にちょこんと座り、キラキラした目で川を見つめる。

「60センチの鮎って本当にいるのかな?」

石川は震え声で答える。

「いる...はずだ...この川は...鮎の宝庫だからな...」

実際のところ、この川で60センチの鮎が釣れる可能性は限りなく低い。普通の鮎は20センチ程度だ。しかし石川の頭の中では、既に巨大鮎との壮絶なバトルが繰り広げられている。

富山が湿布と痛み止めを持って戻ってくる。

「はい、湿布。本当にバカよね...」

石川は湿布を貼ってもらいながら、釣り糸を垂らす。

「ありがとう富山...これで...完璧だ...」

その時、釣り竿がピクリと動く。

「おお!」千葉が指差す。「何か引いてる!」

石川の顔が急に真剣になる。痛みを堪えながら竿を握りしめる。

「来た...これは...大物だ...」

ところが、釣り上げてみると手のひらサイズの小さな魚だった。

千葉は拍手する。

「おお!魚だ!魚だ!」

富山は呆れる。

「普通の小魚じゃない...」

石川は汗を拭いながら、まだ希望に燃えている。

「まだまだ...これは序章だ...本命はこれからだ...」

その後も小さな魚ばかりが釣れ続ける。石川は腰の痛みと戦いながら、必死に竿を振り続ける。

2時間後。

石川は疲労困憊でぐったりしている。釣れた魚は全部小さなものばかり。

「おかしい...60センチの巨大鮎は...どこに...」

千葉は相変わらず楽しそうに小魚を眺めている。

「でも楽しいね!小さくても魚は魚だよ!」

富山は諦めモードで読書している。

「もう好きにして...」

その時、隣のサイトの年配男性が再び近づいてくる。手には大きなクーラーボックスを持っている。

「あの...お疲れ様です。良かったらこれ、どうぞ...」

クーラーボックスを開けると、立派な鮎が何匹も入っている。それも結構大きい。

年配男性は優しく微笑む。

「今朝早くに釣れたんです。おすそ分けです。腰の具合はいかがですか?」

石川は目を丸くしている。

「え...これ...50センチくらいありますよね...」

「そうですね、大体そのくらいでしょうか。この川は実は鮎の穴場なんですよ。早朝の特定のポイントで釣ると大物が釣れるんです」

千葉は感動している。

「すごい!本当に大きな鮎だ!」

富山も本を置いて見に来る。

「わあ、立派ね...」

年配男性は石川を心配そうに見る。

「無理しちゃだめですよ。ぎっくり腰は安静が一番です」

石川はバツの悪そうな顔をする。

「あの...実は...わざとぎっくり腰になって...」

年配男性は困惑する。

「え?」

富山が慌てて割って入る。

「あの、こいつバカなんです!気にしないでください!鮎、ありがとうございます!」

年配男性は苦笑いしながら立ち去る。

「ま、まあ...お大事に...」

石川は鮎を見つめながら、複雑な表情をしている。

「結果的に...60センチ級の鮎をゲットした...これは...グレートキャンプ成功...なのか?」

千葉は満面の笑みで石川の肩を叩く。

「成功だよ!石川君!やっぱりどんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」

富山は溜息をつきながらも、少し笑っている。

「まあ、結果オーライってやつね...でも次からは普通にキャンプしましょうよ...」

石川は痛む腰をさすりながら、それでもニヤリと笑う。

「いや...次はもっとグレートなキャンプを考えてやる...」

富山と千葉は同時に声を上げる。

「えええええ!?」

夕日が川面に映る中、石川の新たな奇抜キャンプへの野望は、腰の痛みと共に燃え続けているのであった。隣のサイトの年配夫婦は、遠くから心配そうに彼らを見守っている。

「あの人たち、明日もいるのかしら...」

「関わらない方がいいよ、お母さん...」

そして石川は既に次回のグレートキャンプのアイデアを練っている。

「今度は...目隠しをして...キャンプファイヤーを...」

富山の絶望的な溜息が、夕暮れの川辺に響くのであった。

〜完〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ120 ぎっくり腰に耐えながら巨大鮎を釣るぞ』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ