春になるまで待っていて[1分で読める創作小説2025]

深山心春

第1話

 夕陽の落ちた道を、愛梨と僕は1列になって歩く。

「本当に嫌になっちゃうわよね。イベント目白押しの季節なのに彼氏もいないなんて」

 愛梨は1歳年上の幼馴染。都内でも有数の進学校に通ってる。僕は中学3年生。受験生だ。街は早くもクリスマス一色になっている。耳慣れた陽気な音楽が聞こえ、楽しそうに行き交うカップルが目に入る。

「創は高校、どこ受けるんだっけ?」

「愛梨と同じところだよ」

「本当!? あんたってそんなに頭良かったっけ?」

「まあね……」

 嘘だ。本当は今、必死に勉強しているところだ。ひとつ年上の愛梨には何をしても敵わなかった。頭も運動神経も。背の高さも。

「まあ、頑張りなよ。期待しないで待ってるからさ」

「あ、ね。ちょっと、飲み物買ってもいい?」

 古ぼけた自販機が目に入った僕は愛梨に尋ねる。愛梨はどうぞ、と足を止めた。

 僕はお金を入れる。目の前の薄いピンク色を基調とした缶のデザインは、甘いミルクティーだ。ついでに自分のホットコーヒーも買う。

「愛梨」

 はい、とミルクティーを渡せば、愛梨は驚いたようにその缶を受け取る。

「えー! 懐かしい! これ大好きだったやつだ! まだ売ってたんだね。ありがとう!」

「そうみたいだね」

 僕はそう言いながらホットコーヒーのプルトップを開けた。

「創、コーヒーなんて飲めるようになったの!?」

 愛梨が驚いたように僕を見る。僕は知っている。愛梨がコーヒーが飲めないことを。

「やーねー。小さくて可愛かったのにすっかり……」

「すっかり……なに?」

 僕は愛梨の隣に並ぶと顔をのぞき込んだ。既に彼女は僕の肩ほどにも背が低い。

「なんでもない……!」

 そう言ってまた歩き出す愛梨の耳は真っ赤だ。

 ねぇ、と僕は心のなかで思う。

 ねぇ、愛梨、待っててね。僕がもう少しだけ大人になるまでは。同じ制服を着るまでは。

 同じ制服を来て隣に立つまでは。


 どうか、僕がいることを忘れないで。こうやって近くで感じていて。


「ホットコーヒー美味しいよ」

 そう言って微笑むと、愛梨は僕を知らない男を見るような目で見る。成長はいきなりやってきた。ずっとちびだった僕は、成長痛とともに一気に愛梨を追い抜いた。

 

春になったら。桜の舞う中を、同じ制服を着て歩くんだ。

 きっと合格するから。そして霞むような桜の花びらの中で「好きです」と言うと背を抜かした時から決めてるんだ。

 意味ありげに微笑むと、愛梨は顔を真っ赤にして前を向いた。

 このぐらいで照れられては困るんだけどな、そう思いながら、真っ赤になった耳を見る。温かいものがこみ上げて僕はふふ、と笑ったのだった。


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春になるまで待っていて[1分で読める創作小説2025] 深山心春 @tumtum33

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