雑務と本気。-2

 僕たちに与えられた雑務。

 それは資料の整理整頓だった。

 生徒会室を埋め尽くす資料の山が崩壊しないように、上から順番に資料を取っていく。北村の判断速度は早かった。普段から読み耽っている小説の影響で、速読術でも身に着いたのだろうか。受け取った紙束から必要なページだけをめくり、内容が被っているものは廃棄の段ボールに詰めていく。

 本当に早い。

 何年もこの仕事を務めているような雰囲気すらあるぜ。

「……終わった。……次、お願い」

「了解。多めに渡しておくね」

「……うん。……よろしく」

 資料の束を北村に渡して、僕も分別を続けた。

 昭和から平成、令和と続く学校生活も、紐解けば一定の活動を繰り返しているに過ぎない。革新や刷新を謳っても数年前に同じ提言があったりする。こういうの、哲学者が格言を作ってそうだな。資料がダブる可能性を考慮し、僕と北村は違う山を崩しながら整理を進めた。

「おう、待たせたな。あたしも手伝うぞ」

 東風谷先輩と喧嘩していた南蛇井も戻ってきた。不良っぽい言動とは裏腹に、彼女もこういった地道な作業に耐性がある。面倒だと言って逃げる癖はあるけれど、意外と仕事は出来る方なのだ。

「堅実なだけの仕事は嫌いだが、そこのアホよりは役に立つだろうぜ」

「ははっ、酷い言い草だね。事実だけどさァ」

「幼馴染にも態度を変えないのがあたしの美徳だからな」

「悪徳だよ! 真仲からもみーちゃんに言ってくれよぉ」

 ごねる先輩が、びたんと派手な音を立てて机に突っ伏した。

 爽やかで格好いい先輩はどこへ消えたのか、生徒会室でぶー垂れる先輩は僕達の知る不器用な人だった。おっちょこちょいで、些細なミスを繰り返すくせに他人の役に立ちたいと願う気持ちだけは本物だ。何度失敗しても折れない彼女の精神性には、代えがたい魅力があった。

「……羨ましい」

 呟いた言葉は誰のものだったか、僕達は粛々と作業を進める。

 本当に進んでいるのだろうか、と不安になるほど書類の量は多かった。

「頑張り給えよ、諸君」

「凛琳、お前こそ頑張れよ。誰よりも作業が遅いじゃないか」

「んなことないよぉ」

 などとぼやく先輩は、この地道な仕事に向いていない。

 かと言って転職も出来ないので、学生ってのは大変だ。

「なぁ、暇ならジュース買ってきてくんない? あたしは甘くない奴ね」

「ついでにお菓子も頼むわ。手が汚れないのを選ぶようにな」

「みーちゃん、シバちゃん。それが会長への態度かい?」

「凛琳が手伝っても邪魔になるだけじゃん?」

 南蛇井の一言に、東風谷先輩は胸を抑えて銃で撃たれたようなポーズを取った。

「真仲ぁ、ふたりがいじめてくるよう」

「はいはい。先輩も頑張りましょうね」

 よよよと泣きついてきた先輩を突き放したつもりが、ぐすんと鼻を鳴らしながら僕との距離を詰めてくる。よしよしと慰めながら、この即興劇を腐すべきか迷った。

 一部から王子様と評される先輩も、甘える時は猫みたいに喉を鳴らす。すりすりと僕に頬を寄せる辺り、本当に心が折れているわけじゃないようだ。甘やかすのは下手でも甘えるのには慣れている。南蛇井とは逆だ。本人の気質と能力が一致するわけじゃないことを彼女達は身をもって示してくれていた。

「まったく、ひどい人達ですよね……」

「でしょー。私、会長なのに」

「マスコットの間違いじゃないんですか」

「うぐぅ」

 今度こそ心臓が止まった、とでも言いたげに先輩がじたばたと暴れている。

 ここ数日忙しかったんだろうなぁ、とはしゃぐ先輩を眺める。

 柴田先輩は苦笑いをして顔を背けていた。

 助っ人のふたりは黙々と作業をしている。どれほど簡単な仕事でも塵も積もれば山となるわけで、キリのいいところまで終わらせるだけでも一苦労だろう。僕も東風谷先輩に構っている暇はあまりないというか、暇だから生徒会の手伝いに来たわけで、遊び始めたら矛盾してないか? などと考えていたら先輩が僕から離れた。

「ん! 仕方ない。仕事を頑張る君達のために、私が一肌脱いでやろう」

「凛琳、季節限定のは買わないようにしろよ」

「シバちゃん、私がハズレしか買わないと思ってるな? しょーがないやつめ」

「フリじゃないからな。マジで買うなよ」

「分かってるよぉ。私がそんなヘマすると思う?」

 柴田先輩が指を立てると、東風谷先輩は頬を膨らませながら生徒会室を出ていった。二秒後に戻ってきて、えへへと笑いながら鞄から財布を取り出す。

 今度こそ生徒会室を出ていった先輩が下駄箱でちゃんと下靴に履き替えるのを生徒会室の窓から見届けて、僕達はようやく資料の整理を再開した。

「……お前ら、あいつの後輩? 大変だな」

「ずっと一緒だと慣れるもんですよ」

「あたしに至っては幼馴染だしな」

「南蛇井と先輩、小学生の頃のエピソードもあるよね。ウサギ小屋の話とか」

「あぁ、あれか。凛琳がウサギの散歩で校内練り歩いて怒られたやつ」

「は? 何それ、私にも聞かせてくれよ」

 東風谷先輩の話をしながら、僕達は作業の手を止めない。

 この場にいない知り合いの話をしているのに、しかも相手が粗相の大家の東風谷先輩なのに内容が悪口に寄っていかない。この場には善性の海から産まれた人間しかいないようだ。

 南蛇井は表情を緩めたまま、幼馴染の面白エピソードを披露している。

「んで、最後は希望者が持ち回りでウサギの散歩をすることになってさ」

「はー、すげぇな」

「散歩が嫌いなウサギもいるから、ルールを作るのも大変だったんだ。先生達には随分と苦労を掛けたと思うけど、ま、子供の情操教育のために頑張ってもらったわけ」

 悪戯めいた笑みを浮かべた南蛇井が話を締めた。

 いつの間にか、和やかな雰囲気で仕事が進んでいる。生徒会の人と仲良くなれそうな雰囲気があって、僕はなんとなく、胸をなでおろすのであった。

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