第4話・恋と恋。

『淵野辺さん』

 それは、心の準備をする間もなかった。

『放課後、少し、お話しませんか?』

 投稿してすぐ。座席に腰を下ろすか否かにタイミングで、今咲さんは私にその一文を見せた。

「……話って?」

『それは……』

『ここではお話できません』

『お忙しいですか?』

「忙しくは……ないけど……」

『それではまた放課後に』

『帰らないでくださいね』

『絶対ですよ』

 どこか達成感を得たような表情で私から離れていく今咲さん。

 俯くと同時にため息が出た。

 ……確定じゃん!

 何が杞憂かもだよ! もう楸には一生相談しない!


×


『淵野辺さん』

 放課後のチャイムが鳴って席を立つと、今咲さんは私の肩にそっと触れて制止した。

『行きましょうか』

「……うん」

 逃げることは、できなかった。

 前を歩く彼女の、散歩後ろを歩く。たびたびこちらを見遣っては、ついてきている私を視認して少し、微笑む今咲さん。

 会話は皆無。いつも私を包み込んでくれる音楽も、自然の音も聞こえない。

 ただ、サンドバッグを殴りつけるような心音だけが体に満ちている。

『ここ、お好きでしょう?』

「好きっていうか……まぁ……」

 たどり着いたのは、私の避難場所だった。寂れたステージの、寂しい楽屋。

 中に入ると今咲さんは、慣れた手つきで換気扇を回し、蚊取り線香に火をつけ、ベンチに敷かれたクッションに座り——

 ——隣のクッションをポンポンと叩いた。

 日常的な動作をあまりに優雅に行うものだから、その仕草が『ここに座って』という意味だと気づくのに若干のラグが生まれた。

 それから彼女は、私に思いの丈をぶつけた。

 けれど私は知っている。これが罰ゲームによって発生した、たんなるお芝居であることを。


×


「私は……」

 考える。

 裏切られたという気持ちは、強い。勝手に期待して勝手に裏切られただけだけど。

 憤りが確かに胸中に渦巻いている。怨嗟の念すら湧き上がる。

 なのに、それなのに。

「……今咲さん、私はね……」

 私、本当に馬鹿なんだなぁ。

 今咲さんのことが、好きで好きでしょうがない。

『はい』

「今咲さんのこと、好きだよ」

『えっ……えぇ!? え!?!?!??』

「ふふっ」

 いつも端正に綴られる今咲さんの文字が荒ぶり、エクスクラメーションとクエスチョンが量産されていく。

「たぶん、今咲さんの好きって気持ちよりも、私の好きって気持ちの方がずっと強い」

 当たり前だけどね。

 そっちは罰ゲームなんだから——

『そんなことありません!』

「え?」

『淵野辺さんが私のことを好きと言ってくださるのは本当に嬉しいですが、絶対に、絶対に私の方が大好きです!』

「ううん、それはない。絶対私の方が好き」

 早くネタバラシしてよ。もうしんどいよ。嬉しくて、切なくて。すぐに醒めるってわかる夢なんて……見たくないのに。

『絶対に幸せにします』

『いえ、二人で幸せになりましょう』

「……はい」

 あぁ、でもやっぱり嬉しいが勝っちゃうな。馬鹿だなー私。こんなに舞い上がったところで、これから落とされるのに。

「……なに?」

 いつネタバラシされるのかと構えている私を、今咲さんはただ見つめ続けた。

 何度視線が重なっても、恥ずかしくなって先に逸らすのは私の方だった。

『恋人、なんだなぁって思いまして』

「みたいだね。と言っても、恋人って何するのかわかんないけど。こういうの初めてだし」

 中学生の頃、何なら小学生の頃にも、彼氏がうんたらかんたらと語る友達はいた。

 だけど完全に他人事で、その場で会話に参加していても、テレビの向こう側を見ている感じだった。

『初めて……? 淵野辺さん、今までお付き合いした方……いらっしゃらないんですか?』

「……悪かったね」

『悪いことなんてありません! あぁ……私はなんて……なんて……!』

 そうだよ、今咲さん、あなたは私の初めてを二つも奪ったんだよ。罪の意識をもっと持った方がいい。

『なんて幸運なのでしょう……!』

 ドS!? ドSなの今咲さん!? というか天を仰いで瞳を閉じた状態でも字書けちゃうんだ!?

『すみません。取り乱してしまいました』

 だいぶね。……罰ゲームがスムーズに完了して感極まってるのかな。

『不束者ですが、これから、よろしくお願いしますね。』

「……うん」

 わかってるのに! 罰ゲームだってわかってるのに! どうせ1週間後とかにネタバラシがあるってわかってるのに! 何照れてるんだよ私は!

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文と罰。〜彼女が罰ゲームで告白してきたことを、私は知っている〜 燈外町 猶 @Toutoma

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