文と罰。〜彼女が罰ゲームで告白してきたことを、私は知っている〜
燈外町 猶
第1話・夜と恋。
『
彼女は、
『好きです』
A5サイズ程のノートに、
『ずっと、ずっと大好きでした』
つらつらと文字を綴っては私に見せて、
『でしたっていうのは、その、ずっとという意味で』
また新しく綴っては見せてを繰り返す。
『今でも、この瞬間も大好きです』
顔を真赤にしながら、何度も、何度も。
『私を淵野辺さんの恋人にしてください!』
「……」
不安定な場所で素早く書いているにも関わらず、私に向けられた文字達の達筆具合に変に感心していた。
「……」
この小屋が森に囲まれているせいだろうか、蝉の声がいやに大きくて、思考が遠ざかっていくような感覚に陥る。
どこを見ていればいいのかわからず視線は宙を泳ぎ、その先で扇風機に
「私は……」
嬉しい、はずだった。
喜びのあまり大声を出して駆け出してここを飛び出して小躍りしてもおかしくない、はずだった。
片思いだと諦めていた相手からの、愛の告白だ。普通でいられるわけがない。
むしろ、彼女からのアプローチがなければ、この先の人生のどこかで私から申し出ていた可能性すらある。
『ダメ、でしょうか?』
「っ……」
ふいに、筆圧が弱くなった。こちらに全てを託し、祈るようなその表情と合わさり胸が痛くなる。
けれど。
――けれど、私は知っている。
「……
――彼女が今、罰ゲームで私に告白していることを。
×
「しぃちゃんがここに来て……もう2ヶ月か~。そろそろ慣れた?」
消灯時間が過ぎ、パソコンのモニターから発せられる青白い光だけに照らされた狭い二人部屋の中、
「全然。順応性はある方だと思ってたんだけどなぁ」
「自己理解が浅いな~。しぃちゃんは
「そんなことないやい」
ベッドに横たわる私と、そんな私に背を向けてモニターを眺めながら喋る楸。
こんな会話にきっと意味なんてないけれど、まだ終わらせたくなくて、私は眠気と必死に戦っていた。
「眠いなら寝たら? 明日木曜日だよ、いつも『木曜日が一番しんどい~』って言ってるじゃん」
登校しない楸は気楽でいいねと返したかったが、こらえた。
彼女がどんな事情で不登校を選んだのかは知らないし、私も似たようなものだったし。
それに、慣れない寮生活、慣れない田舎暮らしでまだまだ疎外感や部外者感、よそ者感を拭いきれない日常を送っている私にとっての、数少ない心落ち着く空間と時間が今だ。
彼女と対立するようなことは避けたい。
「……じゃあ寝る」
「そうしな。モニター付けてていいんだよね?」
「うん。明るい方が……」さみしくないから。と、言いかけて、これもやっぱりやめた。楸に甘えすぎるのが、少し、恥ずかしくなった。
「おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じて、瞼の裏の暗闇を眺める。
徐々に、楸のパソコンのモニターの明かりが染み込んできて、不規則な模様が蠢く。
タイピング音とかクリック音を聞きながら、微睡みに支配されていく。
覚醒と睡眠のほんの狭間、もしくはもう夢の中なのかもしれないけれど、まるで走馬灯のように、ここに転校してきた二ヶ月前から今までが脳内に溢れた。
×
――あまりにも田舎過ぎないか?
それが第一印象だった。
山だか森だかもわからない大自然の中に、あらゆる学舎と大規模な寮舎が配置されていて、それらが厳重なセキュリティでぐるりと囲われている。
そしてその外側は、自然を用いたあらゆるアクティビティや植物園などが観光客用に設置され、学園の資金源にもなっているらしい。
それが幼小中高大一貫校の
どちらかと言えば海に近い方の横浜で生まれ育った私からしてみると、もはや異世界に降り立った気分だった。
そして流れる空気も、正直、肌に合わないと思った。
自然共存・他者貢献をモットーとし、競争は二の次、いじめなんてもってのほか。ここには自分を一歩引ける人ばかりで、自分がものすごく浅ましく、卑しい人間に感じてしまうからだ。
そんな生徒達の中で、一段と際立って、この学園を体現しているのが
『早くみんなと馴染めるように』と、先生がわざわざ用意してくれた私の席は教室の中央で、今咲さんは私の後ろに位置していた。
高校一年生の五月だなんて、自分でも奇妙に思う時期に転校してきたことを恥じながら緊張に狂う心臓をなだめてなんとか自己紹介を終え、自席に向かう途中、彼女と目が合った。
彼女は微笑んだ。私は目を伏せた。
『大丈夫ですよ』と、瞳そのものに声をかけられた気がした。何が大丈夫なのかはわからないけれど、何もかもが大丈夫なのだと思えた。
いろいろあってここにきたけれど、それで良かったんだと、視界の彩度が上がった気がした。
×
いろいろ、というのは、いろいろだ。
中学で信じていた子に裏切られて人間不信に陥り、その人物と同じ高校に進学してしまい、しかも同じクラスになってしまい、逃げるように不登校になろうとしたところで、即断即決を信条に掲げる母親が(コネを頼りに)さっさと転校を決めてしまった。
……こうして眺めると別段、いろいろあったわけでもないなぁなんて、自分の甘さにまた少し、嫌気が差す。
『淵野辺さん、』
転校してきてからというもの、妙に意識してしまう私に構わず、今咲さんはことあるごとに助けてくれた。
声が出せないらしく、筆談を主なコミュニケーションとする彼女に、しかし不便性を感じたことはない。
それは速筆と達筆が両立されていることもあるし、状況によってはボディランゲージも行なってくれるからだ。
静謐で温厚で
『体育館まで一緒に行きませんか?』
「……うん」
移動教室のたびに、彼女は私の半歩前を歩いて、導いてくれた。
その横顔を眺めていると、一つの感情がどうしようもなく湧き上がった。
この初めて味わう感情が、恋なのだと、直感的に、確信的に、理解できた。
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