第51話 生誕祭、そして・・・

町はまるで命を吹き込まれたかのように活気づいていた。石畳の通りを人々が忙しそうに行き交い、色とりどりの布で飾られた屋台が並び、子どもたちの笑い声が風に乗って響く。生誕祭まであと数日。空気は期待と準備の熱気に満ちていた。

そんな中、八重子たちは帰還魔法によってこの世界へ戻ってきた。魔力の波動が大きく使われた瞬間、迎えの者たちはその存在を感知し、すぐさま彼女たちの元へ駆けつけた。かつての仲間たちが再び集う瞬間だった。


「さて、楽しむ準備をしないとね。」

ギルシア王とヘインズ聖王は、演説と来賓との会食に向けて言葉を練り、礼節を整える。

クルメルクは日本の料理を学び、調味料を手に入れ、魔法師団の力を借りて酒造りの工程を短縮し、渾身の一杯を完成させた。

アルバートとイレイザは警護の段取りを整え、交代制で八重子たちと合流する準備を進める。

八重子たちはその傍らで、町の観光を楽しんでいた。懐かしい風景、変わらぬ笑顔、そして新しい出会い。すべてが心を満たしていく。


そして、生誕祭の幕が上がる。

夜空に大輪の花火が咲き乱れ、歓声が町中に響き渡る。王城の会食では、来賓たちが未知の味に驚き、感嘆の声を上げる。クルメルクの酒は、まるで魔法のように心を解きほぐし、誰もがその味に酔いしれた。


その夜、アルバートは意を決して沙也に話しかける。

「今日は沙也さんにお話があります。」

沙也の心臓は高鳴り、息を呑む。こんな気持ちは初恋以来だった。アルバートは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。

「結婚してください。」

「はい。」

沙也は頬を赤らめながら、迷いなく答えた。木陰から見ていた八重子は、沙也が小さくガッツポーズをするのを見逃さなかった。

(あ~あ、沙也も結婚か…。)


八重子は一人、街をぶらぶらと歩く。心にぽっかりと穴が空いたような、でもどこか温かい気持ち。そんな時、後ろから翔太の声が響いた。

「八重子~」

たわいのない会話を交わしながら歩く二人。気づけば町外れの高台に立っていた。二つの月あかりが照らし、風が頬を撫でる。

「八重子、俺気づいたんだよ。」

「なにを?」

「俺とずっと一緒にいてくれないか?」

「は?」

八重子の頭は真っ白になる。翔太は続ける。

「八重子と一緒にいると楽しいんだ。別に沙也たちみたいにってわけじゃないけど、一緒に過ごしたいって思って。」

八重子は少し考える。勇者パーティーの頃とは違う、穏やかで心地よい時間。言葉にはできないけれど、確かに今の翔太との時間は楽しい。

「しょうがない。腐れ縁だしね。」

「やった~!」

翔太は喜びのあまり抱きつこうとするが、八重子はひらりとかわす。

ドサッ。

地面に突っ込む翔太。

「まだ早い。」

翔太は起き上がりながら、嬉しそうに言う。

「まだってことは、いつかはってことか?」

「さぁ~ね。」

八重子は笑う。こんな関係がずっと続けばいい。翔太と。そして沙也、アルバート、イレイザ、みんなと。




暖かな日差しが、窓から差し込んで頬を優しく照らす。

静かな部屋。ベッドに横たわる八重子の姿がある。白髪は枕に広がり、皺を刻んだ顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

齢九十五。

長く、濃く、楽しい日々だった。戦いも、笑いも、涙も、すべてが宝物だった。

壁には、仲間たちとの写真が飾られている。沙也とアルバートの結婚式。翔太と高台で撮った一枚。イレイザがふざけて変顔をしている集合写真。

八重子はゆっくりと目を閉じる。

心は満ちていた。寂しさはない。ただ、感謝と安らぎが胸を満たしていた。

(ありがとう。みんな。)

最後の息を吐きながら、八重子は静かに眠りについた。

老衰だった。

その日、空には一輪の花火が打ち上がった。

誰も知らない、八重子のためだけの花火だった。

そして、物語は静かに幕を閉じる。




あとがき



本作は、私にとって初めてのファンタジー小説でした。

執筆のきっかけは、ある晩、妻に「書いてみたら?」と何気なく言われた一言。それまで物語を書くなど考えたこともなく、自分にそんな才能があるのかと不安ばかりが募る中、恐る恐るパソコンに向かい、キーボードを叩き始めました。

物語の構成も、キャラクターの感情も、世界観の描写も、すべてが手探り。書いては読み返し、直してはまた悩む。その繰り返しの中で、少しずつ登場人物たちが自分の中で息づき始め、彼らの声が聞こえるようになりました。

気づけば、彼らと共に笑い、悩み、時に涙しながら、物語を紡いでいました。

文章は決して洗練されたものではなく、誤字脱字も多々あったかと思います。それでも、最後まで読んでくださった皆様には、心から感謝申し上げます。

この物語が、ほんの少しでも皆様の心に残るものであったなら、これ以上の喜びはありません。

そして、背中を押してくれた妻へ。ありがとう。

物語は終わりましたが、創作の旅はまだ始まったばかりです。いつかまた、別の世界でお会いできることを願って。

――へるぴょん

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賢者と呼ばれた私は へるぴょん @helpyon

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