第29話 異世界からの来報者 三

「ここが異世界か?」

「……ただの森ではないか?」

「王よ、さすがに街中に出るわけにはいきません。師匠に怒られます」

「前回、師匠と来た森に帰還点を付けておいたのが役に立ちました。それに師匠の魔法陣をさらに解析し、時間の流れに矛盾が起きないよう調整しましたので……バーベキューから二週間ほど経った時点の場所に出ているはずです」

ジャージ姿のギルシア王、ジャージ姿のヘインズ聖王、ジャージ姿のイレイザ、そしてジャージ姿のアルバート――異様な四人組が森の中に立っていた。



少し時間をさかのぼる

本当に、師匠に会いたくてたまらない。

もうどうしようもない。

――これは帰還魔法を再度調べるしかない。

天才が本気になった瞬間だった。


「う〜ん、あれがこれで……これがあれだから……ここがこうなるでしょ……」

イレイザはぶつぶつと呟きながら、机いっぱいに広げた魔法陣の写しや解析メモを睨みつけている。

「師匠は時間軸までしっかり調べていた……ということは、時間の流れを大事にしているはず。ならば、変に時間を行き来せず、そのままの流れの中で……」

八重子の研究室にこもりっぱなしで、一週間。

魔法師団にも城にも顔を出さない。

食事も睡眠もろくに取らず、紙とインクと魔力の匂いにまみれていた。


心配になったヘインズ聖王は、アルバートを呼び寄せ、イレイザの様子を探るよう命じた。

「……やっぱりここだったか」

賢者様の家の扉を開けた瞬間、アルバートは呆れた。

部屋の中は紙と本が山積みになり、机の上には複雑な魔法陣の図面。

その間を、イレイザが本を片手にぶつぶつ言いながら、同じ場所を何度も行き来している。

「賢者様のご自宅で何をしているんだ?」

……返事はない。

「聞いているのか?」

……やはり返事はない。

「イレイザ! 聞こえているか!」

怒鳴ると、ようやく「はっ! あ? え? なんでアルバートがここにいるの?」と、焦点の合わない目で振り返った。


「お前……何日風呂に入ってない? それに飯は? やつれてるぞ」

アルバートは鼻をつまみながら問い詰める。

「あ〜、え〜……今って何日?」

「今日はヤツキの日だ」

「あ〜……一週間くらい経ってるのか……」

その瞬間――

バタン。

イレイザは糸が切れたように倒れた。

アルバートは慌てて抱き上げ、魔法師団宿舎へと急ぐ。

(こいつ……まさか賢者様にもう一度会うために魔法を調べてたんじゃないだろうな)

以前の記憶が蘇る。

賢者が去るとき、報告を怠ってこっぴどく叱られたあの日。

――今度はちゃんと報告しよう。

こいつ一人で行かせるものか。俺だって賢者様、沙也様に会いたいんだから。


宿舎に着くと、団員たちが慌てて飛び出してきた。

「早くこいつの体を洗って、回復魔法をかけて寝かせろ!」

アルバートの指示に、団員たちは「はっ!」と返事をし、イレイザを抱えて奥へ消えていった。


玉座の間

「ギルシア王、突然のご報告、失礼致します」

片膝をつき、深く頭を下げるアルバート。

「楽にしてよい。それで、何用だ?」

「ヘインズ聖王の勅命によりイレイザを捜索しておりましたところ、賢者様のご自宅にて発見致しました」

「そうか、それは良かった」

「そこで……お二人にお耳に入れたいことがございます」

「どのようなことだ?」と、ヘインズ聖王が身を乗り出す。

「イレイザは、賢者様が作られた帰還魔法を再解析し、再び異世界に行こうとしているようです」

!!!!

二人は驚き、目を見合わせた。

「なんと! アルバートよ、事実であろうな?」

「イレイザは倒れて現在宿舎で治療中につき、明確な回答は得られておりませんが……ほぼ間違いないかと」


「アルバート! 今より出す命は、ギルシアの名において他言無用である」

「はっ!」

「おぬしたちから聞いた異世界の服を用意せよ。それはわしとヘインズの分、そしておぬしたち二人を合わせた四名分だ。さらにアルバートと魔法師団はイレイザを支援し、早急に我らと共に異世界へ行くのだ」


「……え?」


(何言ってるんだ、このじじいどもは……)

素でそう思ってしまった。

「大変失礼ですが、もう一度……」

「だから、わしとギルシアとおぬしとイレイザの四人で異世界に行くぞと言っておるのだ!」

興奮気味にヘインズ聖王が言い放つ。


「先日、賢者様から頂いた飲み物……缶チューハイだったか。あんなうまい酒がこの世にあるのかと思ったぞ」

「そうそう、師匠から頂いた干し貝柱なんて、噛んでも噛んでも旨味が出て、酒が止まらなくなるんだよな」

じじい二人の目は、少年のように輝いていた。

――これが王国と教会を代表する人間か?

アルバートは呆れ返る。

だが、異世界の食事や酒の味が、この世界にはない特別なものであることは、アルバート自身もよく知っている。

だからこそ、呆れながらも理解はできた。


「はっ! 秘密裏にジャージを入手し、イレイザのフォローを行い、早急にギルシア王とヘインズ聖王をお連れできるよう手配致します」

もう一度深く頭を下げ、玉座の間を後にするアルバート。

背後からはしゃぐじじい二人の声が響く。

――振り向く気にはなれなかった。

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