第27話 想い

「なんて美しい魔法なんだろう……。」

イレイザは、何度も何度もレオン(矢野)が若返っていく姿を思い返していた。

若返る魔法――さすがは師匠だ。

どのような術式で、どのような魔法陣を展開しているのだろう。

肉体再生の魔法を応用しているのかもしれない。だが、傷があるわけでもない肉体を「再生」するとは、いったいどんな原理なのか。

あの魔法を、もっともっと研究したい。

早く師匠に会って、直接話を伺いたい。

そんなことが叶うなら――なんて至福の時間だろう。

恍惚の表情で、イレイザは妄想に浸った。


帰還魔法を使えば師匠のもとへ行ける。だが、座標の設定が難しい。

自分の魔力だけでは到底不可能だ。

仮に前回のように魔法師団の力を借りて行けたとしても、帰ることはできない。

帰還は師匠に頼めば何とかなるかもしれないが、もし座標がずれて会えなかったら意味がない。

「ああ、どうしたらいいんだろう……。」

もう一度、師匠の研究室へ行って調べるしかない。

だが、完成までにどれだけの時間がかかるのか。

足りない魔力はどう補えばいいのか。

王や聖王に知られたら、きっと叱責されるだろう。

イレイザはベッドの中で、もだえ続けた。



一方その頃、アルバートは自室で深く沈んでいた。

女性にあそこまで言わせておきながら、騎士としても貴族としても、はっきりとした態度を示せなかった。

情けない――そう自分を責める。

彼はこれまで、賢者様一筋で生きてきた。

この世界では、女性から男性に告白することはまずない。

男尊女卑と言えば聞こえは悪いが、それが当たり前の価値観だ。

だが、イレイザのように実力で地位を得た者は、その枠に収まらない。

とはいえ、イレイザはアルバートの好みではない。


これまで女性との接点といえば、職場か母親、そして賢者様だけだった。

買い物はメイドや執事が済ませるため、街中で女性と接する機会もない。

正直、今回が生まれて初めての「異性との距離感」と言っても過言ではなかった。

しかも、これほど直球でアピールされたことなど一度もない。


お見合い話も何度かあったが、賢者様一筋だったため全て断ってきた。

はっきり言って、これほど甘い言葉を掛けられたのは初めてだった。

アルバートの脳裏から、沙也の姿が離れない。

だが――賢者様一筋で生きてきた自分が、今さら他の女性に心を移すなど、はしたない行為ではないか。

「私は王国騎士団副団長アルバートだ!」

そう自分に言い聞かせる。

……それでも、沙也は綺麗だった。

優柔不断な自分を、アルバートは苦々しく思った。



その頃、王城の会議室では、国家の祭典として「バーベキュー」をどう取り入れるか、異例の会合が開かれていた。

中央にギルシア王、右にヘインズ聖王、周囲を各大臣たちが囲む。

「祭典にするのは良いのですが、何を祝うものになさいますか?」

「それよりも、どうやって食材を調達するのだ?」

「いやいや、王や聖王にため口をきくなど、けしからん祭りではないか?」

「だが、威厳などと言っていては、賢者様に何をされるか……。」

頭を抱える大臣たち。

王、貴族、平民が同じ食卓につき、同じ食事をするなど前代未聞だ。

意見はまとまらない。

だが、あのバーベキューでの賢者様と勇者様のやり取りを見た者なら、背筋が凍る。

誰があの化け物――いや、超人たちに逆らえるというのか。

議論は紛糾しながらも、妙な緊張感と真剣さを帯びていた。



ギルシア王は、ふとあの日を思い返す。

本当に楽しかった。

いつ以来だろう、権力を離れ、一人の人間として接してもらえたのは。

これほど笑いながら食事をしたのは……初めてかもしれない。

師匠のあれほどの笑顔を見たのも初めてだった。

昔と変わらぬ姿――いや、むしろ輝いていた。

危うく淡い恋心を思い出しそうになり、慌てて頭を振る。

妻に怒られてしまう。

それにしても、あの時のヘインズの間抜けな顔……思い出すだけで笑える。

今度は二人で腹を割って飲んでみるのも悪くない。

今まで立場やしがらみの中でしか話したことがなかったのだから。



ヘインズ聖王もまた、あの日を思い返していた。

友と共に飲み、食べる――それがこんなにも温かいものだとは。

教会に入ってから、そんな関係を築いたことはなかった。

ギルシア王とは古い仲だが、友人と呼べる距離感ではなかった。

だが、あの日、初めて心から笑い合った。

ギルシア王は、自分の友になってくれるだろうか――そう思うと、胸が少し熱くなる。


大臣たちの議論とはまるで別世界に浸る二人であった。

そして各々の思いが互いの世界で交わることなく駆け巡っていった。

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