〈χχχ-medµme〉レゾン・デートル─天才医師四宮椿の診療記録─

アスナショウコ

Prologue: χχχ-medµme / re-boot



 其方には今、三つの道がある。


 低く、耳の奥によく響く。

 男とも、女とも取れない声だった。


 そのうち一つの道だけがイアルの野へ繋がり、もうひとつには苦難と絶望がある。

 もうひとつを選べば、諦観と寧静へ身を委ねることになるだろう。


 ──其方がここへ至るのは七度目だな。

 だが、一度として其方は違う解を出さなかった。此度もそうであろう?


 首を縦に振る。


 これまでの道のりは、実に長い贖罪の旅路であった。それも、他が罪のな。


 其はそう言って私を見据える。

 白い羽がふわふわと揺れていた。


 ──其方の魂はすでに解脱を得ている。それでもまだ歩みを止める気はないと言うのか?


 私は地を這い、腐った果実知恵の実を食む。

 目が光に焼き潰される。其は容赦なく私を見下ろしている。

 黒い影が地面に落ち、私はゆっくりと顔を持ち上げる。



「知りたいからだ」



 答えを探している。

 あの日──鮮血を浴びて、罪に塗れた中で、生を望まれた意味。

 私の心を突き動かす、知識の奔流がどこからやってくるのか。


 そして何よりも──


 理解している。其方のことは誰よりも。其方は必ずその問いを口にする。

 其方の背骨に深く刻まれたその問いを──決して手放さないこともな。


 其は膝をつき、地面で這いつくばっている私の方へ黒い手を伸ばす。



「行くがいい」



 其は私を包み込む。身体が溶け合い、一つを模る。

 私は二本足で立ち上がり、前へ一歩踏み出す。決して戻らぬ、向こう側へ。



「鳥は、空を飛ぶために生きている。

 ──其方が明かすために生きているのと、同じように」

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