第2話
商隊を追い出されてから、俺はただひたすら歩き続けた。どこへ行けばいいのかもわからないまま、ただ、前に進むことしかできなかった。俺には家もなければ、頼れる家族もいない。あるのは、くたくたになった服と、空っぽの腹だけだった。
「クソッ……」
喉がカラカラに乾いて、声もろくに出ない。道端の草をちぎって口に入れてみたが、苦いだけで、腹の足しにはならなかった。体は鉛のように重く、足がもつれて何度も転びそうになる。あの時、セーラに言われた言葉が、何度も頭の中でこだまする。
『あんたみたいな、何の才能もない、地味な荷車引き、いらないのよ』
『あんたの力なんて、何の役にも立たないんだから』
そうだよな。俺の力なんて、荷車を引くことしかできない。それなのに、その荷車を引く仕事さえ、俺はクビになった。
俺は、本当にこの世界に必要とされてないんじゃないか?
そう思うと、涙がこみ上げてきて、視界がぼやけていった。
その時、急に体の力が抜けて、俺は石畳の道に倒れ込んだ。目の前が真っ暗になっていく。遠くで、誰かの声が聞こえたような気がしたが、もう何も聞こえなかった。
次に目が覚めたとき、俺はどこかの洞窟の中にいた。
暖炉で燃える火が、パチパチと音を立てている。
俺は慌てて体を起こしたが、全身が痛くて動けない。
「ああ、目を覚ましたか」
優しい声が聞こえて、俺は顔を上げた。
そこに立っていたのは、一人の女の人だった。
黒い髪を一つにまとめ、背中には大きな剣を背負っている。
「あんた、ずいぶんひどい格好してたけど、大丈夫かい?」
彼女は俺に水筒を差し出した。
俺は何も言わず、その水筒を受け取って、一気に水を飲み干した。
「ありがとう……」
ようやく出た声は、カスカスだった。
「私はエリス。冒険者だ」
女の人は、にこりと微笑んで言った。
「俺は……ロイドです」
俺は、自分の名前を口にするのが恥ずかしかった。
こんな無能な男が、冒険者に名乗るなんて。
「ロイド、あんた、ずいぶん丈夫な体をしてるな。あんな状態で、よく生きてたもんだ」
エリスは、俺の体を見つめながら言った。
「え? 丈夫?」
俺は、自分の体を信じられなかった。
だって、俺は今まで、ただの荷車引きで、いつも疲れてばかりいたから。
「ああ。普通なら、あんな重い荷車を毎日引いてたら、とっくに体を壊してる。それに、あんたの体には、普通の人間じゃ考えられないような筋肉がついてる。あんた、いったい何者なんだい?」
エリスの言葉に、俺は驚いた。
俺のこの力を、褒めてくれる人がいるなんて、初めてだった。
俺は、今まであったことを、エリスに話した。
商隊をクビになったこと。セーラに裏切られたこと。
すべてを話し終えると、エリスは静かにうなずいた。
「そうか……。あんたの力は、確かに荷車を引くにはもったいないな」
彼女の言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「俺の力、役に立たないって言われたんです」
「そんなことないさ。あんたの力は、使い方次第で、とんでもない力を発揮する。私の冒険に、あんたの力が必要なんだ」
エリスはそう言って、俺をじっと見つめた。
「あんた、莫大な富が眠るって言われてる、『幻の秘境』って知ってるか?」
俺は、その言葉に驚いた。
「幻の秘境? そんなもの、本当に存在するんですか?」
「ああ。私は、その秘境への手がかりを見つけた。でも、その秘境は、普通の人間じゃたどり着けない場所なんだ。強力な魔物や、罠が仕掛けられていて、一人じゃとても無理だ。でも、あんたの怪力と耐久力があれば、きっと突破できる」
エリスは、俺の目を見て、真剣な顔で言った。
「あんたの力は、ただ荷車を引くためだけのものじゃない。世界を救う力かもしれないんだ」
その言葉に、俺は心が震えた。
世界を救う?
俺が?
俺は今まで、「無能」としか言われたことがなかった。
そんな俺に、世界を救う力があるなんて、信じられなかった。
「でも、俺なんか…」
「あんたなんかじゃない。あんただからこそ、なんだ。あんたの力は、誰もが持っているわけじゃない。それは、あんただけの特別な才能だ」
エリスは、俺の肩に手を置いた。
その手が、とても温かく感じられた。
俺は、今まで生きてきた中で、こんなに真剣に、自分のことを考えてくれた人に会ったことがなかった。
セーラは、俺の力を馬鹿にした。
ガストンは、俺を道具のように扱った。
でも、この人は、俺の力を「才能」だと言ってくれた。
「俺、行きます。エリスさんと一緒に、その秘境に行きます」
俺は、精一杯の力で、そう言った。
エリスは、にっこりと微笑んだ。
「ああ。じゃあ、まずは腹ごしらえだ。それから、秘境への準備を始めよう」
俺は、エリスの言葉にうなずいた。
俺の人生は、ここから始まるんだ。
そう思ったら、もう一度、頑張ってみようと思えた。
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