荷車引きは無能ですか?いいえ、世界最強の力持ちです!
有賀冬馬
第1話
「おい、ぐずぐずするな! さっさと荷車を引け!」
頭上から降ってきた怒声に、俺は思わず肩をすくめた。声の主は、俺が所属している商隊の隊長、ガストンだ。屈強な体つきに、いかにも性格が悪そうな顔つき。俺はただ黙って、ロープを肩にかけ直す。縄が食い込む痛みに眉をひそめたが、そんなこと口に出すわけにはいかない。
俺はロイド。この商隊で荷車引きをしている。
いや、「荷車引き」なんて格好いいもんじゃない。俺はただ、馬やリザードマンの代わりに、重い荷物を乗せた荷車を引くだけの人間だ。
みんなは俺のことを「無能」と呼ぶ。
だってそうだろ? 魔法も使えない、剣も握れない。冒険者になれるような才能なんて、俺にはこれっぽっちもなかった。だから、この商隊に入って、ただひたすら荷車を引くことしかできない。
今日もまた、俺の目の前には馬車三台分の荷物が積まれた荷車が並んでいる。もちろん、俺が一人で引くことになっている。
「ロイドは一人で三台分も運べるからな!」
ガストンがからかうように笑う。他の仲間たちも、くすくす笑いながら俺を見ていた。
彼らが言う通り、俺は確かに力は強い。でも、それを自慢したところで、誰も信じてくれない。
「馬車を三台分も引けるなんて、すごいね!」
そう言ってくれるのは、この商隊で唯一の心の支えだったセーラだけだった。
セーラは、商隊の荷物を管理する仕事をしている。
いつも笑顔で、俺に優しくしてくれる。
「ロイド、大変だったね。はい、これ、今日のお弁当」
そう言って、俺のためにおにぎりを差し出してくれる。
彼女の笑顔を見るたびに、俺は「明日も頑張ろう」って思えた。
でも最近、セーラは俺とあまり話してくれない。
俺が荷車を引いている間、いつも金持ちの商人、ルシウスと話している。
ルシウスは、この商隊に新しく加わった男だ。大きな金の袋をぶら下げて、いかにも裕福そうな身なりをしている。
彼はいつもセーラに甘い言葉をささやき、高価な装飾品をプレゼントしていた。
「セーラ、今日のお弁当は誰が作ったんだい?」
俺は勇気を出して、セーラに話しかけた。
彼女は俺の方を振り向きもせず、ルシウスと笑いながら話している。
「ああ、ロイド。これは私が作ったんじゃないの。ルシウスさんが買ってくれたのよ」
彼女の言葉に、俺は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「俺が作ったおにぎりの方が美味しいだろ?」
そう言って、冗談っぽく笑ってみたが、セーラは冷たい目で俺を見た。
「ロイド、あんた、自分の立場ってものがわかってる? あんたなんかと一緒にしてほしくないわ」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
その日の夜、俺は一人で焚き火にあたっていた。
もうすぐ日が暮れる。今日中に町に着かないと、ガストンにまた怒られる。
夜が明ける前に、俺は急いで荷車を引く準備を始めた。
その時、近くの茂みから、セーラの声が聞こえてきた。
「ルシウス様、私、この商隊をやめて、ルシウス様のお嫁さんになりたいです」
俺は息をのんだ。
セーラの声は、今まで聞いたことがないほど甘く、優しかった。
「ふふ、いいだろう。私の商売を手伝ってくれるなら、いくらでも金をやるよ」
ルシウスの声が聞こえる。
俺は何も言えず、ただその場で立ち尽くしていた。
そして、その日の夕方。
商隊が目的地に着いたところだった。
「ロイド」
背後から、セーラの声がした。
俺はゆっくりと振り返る。
「セーラ、あの、俺…」
「もういいわ。あんたなんか、もういらないのよ」
セーラは冷たい目で俺を見つめた。
「あんたみたいな、何の才能もない、地味な荷車引き、いらないの。あんたの力なんて、何の役にも立たないんだから」
彼女の言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「でも、俺…」
「あんたの代わりに、ルシウスさんが、もっと優秀な人を雇ってくれるわ。あんたみたいな無能な人間は、もういらないのよ」
俺は何も言えなかった。
セーラは、俺のそばを通り過ぎ、ルシウスの元へ向かう。
ルシウスは、俺を見て、にやにやと笑った。
「ロイド、あんた、明日からこの商隊には来なくていい。あんたの荷車引きの仕事は、もう終わりだ」
その言葉に、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。
俺はすべてを失った。
恋人も、仕事も、居場所も。
俺は、ただの「無能な荷車引き」になった。
明日から、俺はどこへ行けばいいんだ?
俺には、もう何も残っていない。
絶望の淵に突き落とされ、俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
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