社蓄の育児休暇(無期限)
犬若丸
第1話
銀河プラネットライフ保険株式会社。
これが俺が勤めている会社である。
サービス残業万歳、休日出勤はご褒美、顧客のためなら宇宙の果てまで行ってきます。
というブラックな社訓を掲げていたのは昔の話である。ブラック企業が社会問題になると、全銀河のテレビ局が毎日のようにニュースに取り上げられるようになり、我が社も働き方改革を取り入れるようになった。
というのは建前だけである。奥深くまで根づいたブラック社訓は消える事はなく、その理不尽さは今まさに俺に降りかかっていた。
「育児休暇を取らせることにしたから」
上司からのお願いではなく、命令の文脈にさらに頭が混乱した。
「俺、独身なんですが」
「知ってるよ」
なら、なぜ?
子供いない歴=年齢であり、彼女いない歴=年齢である。もちろん童貞である。
なのに、なぜ?
「いやさぁ、労基があるじゃない。あそこがさぁ、育児休暇の取得うんたらがやたらとうるさくなってさぁ。でもさぁ、みんな仕事一筋で頑張ってきてくれたからさぁ、育児休暇取れる奴らがいないんだよ」
「俺も取れません」
「君はいいんだよぉ。1番若いし」
まさかとは思うが、若さの理由だけでこんな理不尽を突きつけられているんだろうか。この会社ならあり得る。
入社時から募ってきた不満をここで爆発させてもいいが、それをやってクビになる奴らを見てきた。
「それは、えっと、休暇は2週間ほどでしょうか?」
育児と入れていいかどうか迷ったが、入れないことにした。これを認めてしまったら何かが終わりそうな気がする。
「期限は、そうだねぇ。奥さんが安心できるくらい?」
だから、独身なんだよ。
「えっと、つまり、無期限?もしかしてクビですか?」
「いやいや、いやいや、つまりはね?労基がね?育児休暇の日数が少ないことを気にしてるんだよ」
「だからって、これは」
「いいじゃない。君だってずっと働いてきたじゃない。これを気にさぁ、婚活ツアーでもどうよ」
そう言って取り出してきたのが、銀河一周婚活ツアーを大々的に主張するパンフレット。
結婚するまでは会社に来るなと?
直接には言わないが、結局そういうことなのだろうか。
そういうことなのだろうか?
終始、混乱し続ける俺の頭はわけのわからない方へと結論が行きそうになっている。
「んじゃ、そういうことだから帰っていいよん」
あっさりと告げられて、俺は放心状態のまま気がつけば、惑星ステーションの前にいる。
見上げればロケット型の列車が発車したところで、サイレントを鳴らしながら空の彼方へと消えていった。
電子掲示板には隣の惑星の駅名と列車が来る時間帯を指している。これに乗れば俺は久方ぶりにアパートのある惑星に着く。
だが、どうしても借りているアパートに行く気にはなれなかった。
いきなり、ブラック会社の社蓄が放逐されたとて帰る場所がないのに、どこに行けと言うのだ。
そういえば、俺の帰る場所はどこだったかな。
帰りたいと思って頭に浮かぶ風景は自分のオフィスだ。書類やらエナジードリンクの空き缶が転がる整理なっていないだが、1番最初に頭に浮かぶ風景なら、そこが俺の居場所だったのだろう。
自分の居場所を奪われたらどこに行ったらいいのだろう。
そうすると、手に持ったままのパンフレットが目に入る。
婚活ツアーのキャッチコピーには、「未来にはあなたの家族が待っている」と書かれている。
そこでふと思いつく。
結婚すれば会社に戻れるのではないか?
これは育児休暇だ。結婚して子供ができれば育児休暇をする必要がなくなる。
俺は自分のデスクに変えれるのだ。
ならば、やる事は決まった。パンフレットに握り締める。
銀河1周婚活ツアー。銀河の果てまで結婚相手を探す俺の銀河旅がこれから始まる。
社蓄の育児休暇(無期限) 犬若丸 @inuwakamaru329
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます