第45話 オレが先に好きだったはずの幼馴染のアイツ

 メイド喫茶の狂騒の後も、茉莉也と二人で文化祭を楽しみ、気づけば映研の店番も終わっていた。

 祭りの熱気が夕闇に溶けていく。長かった文化祭も、いよいよ本当の終わりに差し掛かっていた。


「みんな、本当にお疲れ様でした」


 視聴覚室の片付けを終えて、オレたちは部長である姉の周りを囲むように集まった。

 映画を撮った六人だけではなく、前日の飾り付けや当日のシフトを手伝ってくれたオカ研の部員たちと、咲良部長も含めたみんなが集まっている。


「私は卒業したらアメリカに渡って、父のもとで学び、映画監督を目指すつもりです。でも、たとえ夢を叶えたとしても、今回撮った映画は、私の心の中にいつまでも残り続けると思う。……私の青春の、最高の傑作よ」


 姉のスピーチに、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。

 かくいうオレも、気づけば手を力強く叩いていた。

 姉はふざけた人間だけど、アツいところもある。こと映画に関しては誰よりも情熱を捧げる人だった。そんな姉だったからこそ、無理矢理入れられた映画研究会でも、オレはサボらずに今日までついてこれたのだと思う。


「クラスの方で打ち上げをする人もいるでしょうから、映研としての打ち上げはまた後日。今日は二つだけ連絡事項があるわ」


「一つ目」と、姉は桂樹先輩を手招きして、そばに呼び寄せた。


「今日をもって三年生は部活引退となります。二代目部長を、桂樹晶子さんにお願いします」


 わーっと、再び温かい拍手が巻き起こる。

 桂樹先輩は、気の弱さとたまにやる奇行が玉に瑕だけど、一年の頃からずっと姉を支えてくれた、撮影技術なら姉以上の実力者だ。


「あ、ありがとうございます。……精一杯、頑張ります」


 深々とお辞儀をする桂樹先輩に、オレも精一杯の拍手を送る。

 なんだか誇らしい気分だ。やっぱり、努力してきた人が報われる瞬間を見るのはいい。


「そしてもう一つ」


 ピシッ、と、姉の人差し指が、一直線にオレを指した。


「副部長は任せたわよ、真魚」


「――は?」


 同じように拍手が巻き起こったが、唐突すぎて脳の処理が追いつかない。

 ……え、今なんて?


「なんでオレ!? 普通ネコセンだろ、年功序列的にも、貢献度的にも!」


「桜木さんには来年、監督をやってもらうからね。雑事で煩わせられません。部長も副部長も監督の言うことをよく聞くように」


 監督>部長>副部長ということらしい。つまり――。


「どっちみち一番下っ端じゃねぇか!」


 ドッと場に笑いが起きる。くそお、感動の引退シーンで姉と漫才させられるとは思わなかった。


「下っ端が嫌なら、来年は意地でも新入生を迎えて『部』として存続させるように。……頼んだわよ、真魚」


 最後の一言だけ、姉の声色が少しだけ優しかった気がした。


「頑張ろうね、真魚ちゃん」


 祢子先輩が肩をポンと叩いてくる。

 こいつめ、正式に入部してからそんなに経ってないのに一番偉くなりやがって。まあ、オレにも桂樹先輩にも監督業なんて繊細な仕事はできないから、適材適所ではあるんだけど。


「改めてみんな今日はありがとう。クラスの片付けが終わったら、後夜祭を楽しんで。では、解散!」


「「ありがとうございましたー!」」


 最後にみんなで礼をして、解散。

 それぞれのクラスの片付けに戻るため、オレと茉莉也も視聴覚室を出た。


「すごいね、副部長」


 廊下を歩く道中、茉莉也が無邪気にオレの腕にぎゅっと抱きついてくる。

 やっぱり今日は妙に距離が近い。どうしてこいつは、オレの心臓をこんなに酷使させたがるのか。


「話聞いてた? 実質下っ端だよオレ」


「それでもすごいよ。真魚がずっと頑張ってるの、私はちゃんと知ってるから」


「茉莉也……?」


「早くもどろ、真魚」


 そう言って、茉莉也はオレの手を引っ張った。

 あいかわらず今日の茉莉也が何を考えているのか、よくわからない。


 そうしてメイド縁日の片付けを終え、後夜祭の軽音部ライブステージまで終わった。うちのクラスは特に打ち上げもなくそのまま解散の流れだ。

 文化祭は終わり。そんでもう、あっという間に帰り道だ。


「楽しかったね。文化祭」


「ああ、楽しかったな」


 どうしよう、なんだかんだ最後まで茉莉也と二人っきりだったんだけど。


 てっきり途中で先輩たちと合流するんだろと思ってたら、マジでそういうのもなかった。鈴音先輩たちと会ったのは、クラスの店番の時と映研の店番の引き継ぎの時、それからさっきの視聴覚室の片付けと最後の挨拶の時だけ。


 せっかくの学校行事だしクラスの友達とか同学年で過ごしたいのかなと一瞬思ったけれど、そっちとの合流もなかった。

 クラスの店番が終わってから突然、「真魚、一緒に文化祭回ろ」と言われてから、今この瞬間までマジでほとんど二人ぼっちで過ごしている。


 本当に、どういうつもりなんだろう。先輩たちと何かあったのか? 聞いてみるべきか?

 こういう場合、『親友』のムーブとして正しいのは何だ。さっぱりわからん。何もわからん。


 隣で歩く茉莉也を見る。

 彼女は今日一日、本当に上機嫌で過ごしていたように思う。なまじ付き合いが長い分、作り笑いしてたり無理しているわけじゃないことはわかってしまう。


 もしかして、オレが複雑に考えすぎなのか?

 茉莉也に好意を抱いているから変な方向に勘繰ってしまうだけで、単純に『親友』のオレと一日かけて遊びたかっただけなんじゃないのか。


 そうだよな。普通に考えるとそうだよ。深い理由なんてなくて、茉莉也はただ単にオレと文化祭をまわりたかっただけなんだ。

 それなら話は早い。いつも通りオレは自分の気持ちを押し殺して、別れ際に「またね」って笑って言えばいい。


 考えてたら、あっという間にいつもの分かれ道だ。

 ここで別れて、あとはお互いの家に帰るだけ。


 ああ、もったいなかったな。

 今日は久しぶりに誰かに妬いたり気を遣ったりすることもなくて、二人っきりの奇跡みたいな時間を過ごせたって言うのに、もう終わっちゃうんだ。こんなことなら余計なこと考えずに、もっと純粋に楽しめばよかった。

 ああ、帰りたくない。


 どうせ明日の日曜日は今日の疲れが出て爆睡だ。そしたらまた月曜日がやってきて、これまで通りの日々が来る。


 ああ、もう言わなきゃ。

 言って別れなきゃ。


 一歩先を歩いていた彼女が、オレを振り返る。

 くりっとした目が夕陽を受けてキラキラと輝いて、宝石みたいに綺麗だ。

 この笑顔を、一番近くで、見たかった。


「茉莉也」


 またね。


「好きだ」


「――えっ?」「……えっ?」


 あれ? オレ、今なんて言った?


「――!?」


 とんでもないことを口走ったことに気づいて、自分の口を両手で覆う。

 嘘だろオレ、別れの挨拶言うところで茉莉也に見惚れて誤爆したのか!?

 マジかよ。こんな間抜けな告白あるかよ! 最悪だ! タイミングも何もかも最低だ! 終わった! 今のナシ今のナシ!

 いやまだ終わってない。大丈夫、まだ取り繕える。「好きだった映画が」とか「好きな天気が」とか。

 早くしろなんか言え誤魔化せ誤魔化せ誤魔化せ誤魔化せ誤魔化せ!


「いいよ」


「待って今のは――へっ?」


 思考の暴走が、急ブレーキをかけられて止まった。


「いいよ」


 茉莉也は、驚くでもなく、困るでもなく、ただ嬉しそうに佇んでいる。

 いや待って。『いいよ』って何!? なんの『いいよ』!?

 混乱するオレに向けられた彼女の次の言葉が、さらなる追い討ちをかけた。


「私と付き合って。真魚」


 瞬間、オレの世界が完全に静止した。

 夕闇の中の少女は、全てを見透かした天使みたいに、ふわりと微笑んで立っていた。

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