第26話 地獄の観覧車と地獄の猥談
……やってしまった。
参った。完全にやらかした。
今日はスポーツ施設に遊びに来て、普段しない運動なんかしたものだから、多分疲れてたんだと思う。なんやかんやたくさん体動かしたし。
施設を出た時間が16時くらいで、『晩御飯には早いねーどうしようか』となって、どこで時間をつぶすか皆で相談をしていた時。
ボクったらたまたま目に入った巨大観覧車を指して、『じゃあ、アレ乗る?』などと言ってしまったのだ。
いやマジでバカな選択だった。いつもの3人ならともかく、真魚ちゃんが居るんだぞ今日は。
そのせいでボクはちょっとした地獄を味わうことになった。
完全に自業自得だ。
観覧車のゴンドラには、当然のごとくさっきまで組んでいたチームで横並びとなった。
ボクの隣にマリちゃん、正面に真魚ちゃん。はす向かいにスズ。
マリちゃんとくっ付いて、真魚ちゃんにちょっとした嫉妬の視線を向けられるくらいなら、まだ全然大丈夫だった。
問題は、観覧車が登るにつれて、マリちゃんの顔がどんどん青ざめていったこと。
3分の1を上ったくらいで、マリちゃんは急にボクの体に抱き着いてきた。
というか、しがみついてきた。
「あえ? マリちゃん?」
「ごめんなさいネコ先輩、ちょっと……下りるまでこうさせてください」
あらあら? とスズはほほえましいものを見るように笑みを浮かべている。
いやこれキミの彼女ー! ちょっとは嫉妬せい。横の真魚ちゃんみたいに。
「いいけど、どうしたの?」
「うう、私、前にスズ先輩とスカイタワーの展望台に上った時からうすうす気づいてたんですけど……」
マリちゃんのしがみつく力がどんどん強くなり、真魚ちゃんの視線がどんどん痛く感じる。
「あの、フライングコースター、あったじゃないですか。ユニパの、足プラプラの」
「うん、あれね」
「アレに乗ってからちょっと、私、高いところが怖くなっちゃったみたいで……」
「ええ……?」
「あー、だからあの時すぐ下りようって言いだしたのね」
困惑する僕に対して、スズは何かを納得したようにうんうん頷いている。
確かスズのお父さんが帰ってきた日に二人はスカイタワー行ってたんだっけ。
しかし、そんなに怖かったのかマリちゃん。
絶叫系平気って言ってたのに、こんなにトラウマになってしまったとはちょっと申し訳ない。
罪悪感がボクの手をマリちゃんの背中に伸ばさせる。
とりあえずとんとんと優しく叩いてやる。
こりゃあ、傍から見たらボクらは完全にカップルである。
4人グループだけど残りの二人はおまけ、みたいに他のゴンドラからは見えてるかもしれない。
っていうか、正面にいる真魚ちゃんの目がめっちゃ怖い。
なんかめっちゃ肩ぷるぷる震えてるし!
「ネコセン……? やっぱお前……」
ああ、あらぬ誤解を受けている。どうしよう。
かといってこんな状態のマリちゃんを放ってはおけないし。
スズ~! 何とかして~!
「仕方ないわね……」
おお、ボクの心の声が届いたのか、スズが動いた。
流石ボクらの彼女。キミはいつだって僕のことを助けてくれるんだ。
などと思っていたら、スズは急に真魚ちゃんの肩を抱き寄せた。
「は!?」
そっち!? なんで!?
真魚ちゃんも横からの不意打ちにすごいびっくりしてるぞ。
「アンタも震えてるじゃない。もう、二人して高いところ怖いんなら最初に言いなさいよね」
って違~う! その震えは違うやつ~!
残念ながら密着していても嫉妬の炎の冷たさは分からない。
スズはそのまま真魚ちゃんの頭をよしよしと撫でている。
真魚ちゃんは怒りと嫉妬と驚愕と困惑と恥ずかしさで感情が完全にオーバーフローしたようで、真っ白になって硬直してしまった。
どうしよう。この観覧車一周18分もあるんだけど……。
え、このまま行くの? 最後まで?
ちょっと逆回転してスタートに戻らない? 無理? む、無理か。マジか。
―――
地獄の18分を終えて、ちょっと早めの晩御飯を食べ、その日はお開きとなった。
18分間のストレスがヤバすぎてその後どのレストランに入ったかなんて覚えてないし、何を食べたかも味も全く記憶にない。
気づいたら電車に乗ってた。
しかも、帰宅後に鬼電してきた真魚ちゃんに対応する羽目になった。
ボクとマリちゃんについての誤解を解くのに2時間もかかった。疲れた。
『とりあえず、実はやっぱりネコセンと茉莉也が付き合ってる……って訳じゃないことは分かった。けどよ……』
電話越しの真魚ちゃんは、まだ何か不満があるようだ。
『距離近すぎねぇ!? スズセンがホントの彼女なんだろ?』
「まあ、いろいろあるんだよ。色々……」
実は最近距離が近いことについて、さっきメッセで直接マリちゃんに確認してみた。
すると、とても真魚ちゃんに聴かせられる内容ではない返答が帰ってきてしまった。
答えは出せるのだが、この場は適当に誤魔化すしかない。
『色々……ねえ……まあ、それはいいや』
真魚ちゃんは何とか引き下がってくれるようだ。よかった。
『それでさ、先輩。今日遊んでみて、とりあえずスズセンがすげーいい奴ってことは理解できた』
今日1日のことを振り返る。スズの視点では、真魚ちゃんは突然三角関係に挟まれた何も知らない一般人。
殊更気にかけていたと思うし、その思いやりは十分彼女に伝わっているようだ。
『でもさ、いくら良いやつだからって、浮気とか二股とか、そういうの許せるモン? 単純に疑問なんだけど』
「うーん……」
やっぱり、真魚ちゃんの感覚は
とはいえ、世の中には女の子をとっかえひっかえしてるような人もいるだろうし、ボクらが格別に異常だとも思えないんだけどな。
「ボクが二番でもいいから傍にいたいって思ってて、マリちゃんは自分が一番なら他に何人いてもいい、っスタンスなんだよ。だから三人でもうまくいってる」
『そういうもん……かぁ~? スズセン、めっちゃ優しいし、教え方わかりやすいし、茉莉也が憧れの先輩って言ってた理由はわかったんだけど……』
「やっぱ惚れてない?」
『惚れてねぇ! 正直ちょっといいなとは思ったけど! 二股女はぜってー無理! ありえねえ!』
「まあ、普通はそうよなあ」
『そうだよ! フツーは! なんか他にあの人じゃないといけないこととかあるのかよ』
スズじゃないといけないこと……か。
そういうの理屈だけで語れるものじゃないと思うんだけどな。
ああでも、理屈立てて言えることが、一個だけあるにはある。
「真魚ちゃんが絶対に知らないスズのいいところ、一個あるんだけど、聞きたい?」
『聞きたい』
即答か。後悔すんなよ。
とはいえ言う側も少し憚られることなんだけど……。
「スズは……まあこれ、ボクもあんまり経験ないから一概に真実とは限らないんだけど、多分マリちゃんも同じことを思ってると思う。そういう魅力が一個だけあって」
『うん』
「セックスがめっちゃ上手い」
『はあー!!?』
大声が鼓膜に響いたので、反射的に通話を切ってしまった。
五秒後、再び真魚ちゃんから通話がかかってくる。
「ごめん切っちゃった。うるさくて」
『いや大声も出るだろ! なんだよその理由!』
「いやこれはマジ。そもそもタチ一人でネコ二人の面倒見て毎回ちゃんと満足させてくれるのがもう強い」
『いやお前そんな……ネコセンはともかく茉莉也まで変態みたいな言い方すんなよ!』
「いやそれもマジだよ。マリちゃんがセックス好きの変態なのも間違ってないよ」
『くぁwせdrftgyふじこlp;』
言葉にならない悲鳴に、反射的に通話を切ってしまった。
五秒後、みたび真魚ちゃんから通話がかかってくる。
『ま、茉莉也がそんなヘンタイなわけないだろ! 今そうだとしても、先輩たちのせいだろそれは!』
「いや最初からヘンタイだったよ。そもそも3P提案してきたのマリちゃんだし」
『な、うそやん……』
ああ、真魚ちゃんがうろたえる姿が目に見えるようだ。
でも残念ながら、キミの幼馴染の茉莉也ちゃんがセックス大好きな変態女であることはゆるぎない事実なんだ。
だってさっきマリちゃんから送られてきたメッセ。
最近ボクと距離感が更に近くなった理由が――
『伊勢志摩旅行の時、スズ先輩の責めで私たち初めて同時にイったじゃないですか。ネコ同士が一緒にイくとかそんなのシンクロ率高すぎでしょってちょっと感動しちゃって……。もちろんスズ先輩の技術のたまものでもあると思うんですけど、やっぱり私たち同士の相性もあるなって感じたんです。同じネコとしてこの人とは一生一緒にやっていけるな、みたいな』
――とか正直ちょっとキツい答えを返してくる子やぞ。
マリちゃんの名誉と、真魚ちゃんの脳を守るために言わないでおくけど。
「なんならマリちゃんの変態エピソード10個くらい言えるけど……聞く?」
ごくり、と電話越しの真魚ちゃんが生つばを飲み込む音が聞こえた。
『……別に興味ねぇけど、参考までに1個だけ聞いていいっすか?』
「ええっと……」
おお、この流れでリクエストされるとは思わなかった。
とりあえず、当たり障りのないやつを一つ教えてやるか。
「茉莉也ちゃんはこの間自分からスズに顔面騎じょ」『ナマ言ってすみませんでしたああああ! ごめんなさい! 許してください! もう大丈夫です!』
真魚ちゃん、泣いちゃった。
一番軽いジャブだったのに。
「童貞め」
『どどど童貞ちゃうわ。そもそも生えてないわ』
「心構えの話だよ。マリちゃんと付き合うってことは、タチになるってことだよ? 突っ込むほうだよキミは。そんなんで彼女を満足させられると思ってんの?」
『そんなん……二人で学んでいけたらいいって思ってたし……』
純情なヤツ。普通はそうなんだろうけども。
「それで? 真魚ちゃん。愛しの茉莉也がドスケベセックス大好きな変態女だって知って、まだ好きでいられる?」
『別に、そんなん関係なく、好きは好きだし……』
真魚ちゃんが偏った処女信仰とか持ってなくてよかった。と、ボクは内心でそっと胸をなでおろした。
流石にこれで『お前らに染められちゃった茉莉也となんて付き合えない』とか言われても何の責任も持てないし。
「まあ、似たようなもんだよ。ボクらが浮気されてもスズを好きな理由も」
『いや、それとこれとは違うと思う』
チッ、騙されなかったか。
もういいや。この件について普通の人を納得させるのは不可能。
「ああもう。惚れた腫れたなんて結局理屈じゃないんだよ。じゃあそういうことで。もう遅いし、いい加減切るよ」
返事を聞く前に、通話オフのボタンに手をかけるが、『待ってくれ先輩! 最後に一個だけ教えてくれ』と、真魚ちゃんの必死な声が聞こえてきたので、再びスマホを耳にあてがう。
「何?」
『セックスってどうやったら上手くなるんだ?』
「イメトレしな」
通話終了。
実際は経験が一番大事だと思う。
スズはボクとの数年間に及ぶセフレ関係でスキルを磨いてきたわけだし。
でもそれを言ってもし真魚ちゃんがビッチになっちゃったら責任取れないからね。
なんやかんやイメトレ積めば多少マシになるでしょ。
とにかく疲れた。お風呂入って寝よう。
……なんて考えながら再びスマホに目をやると、マリちゃんからまたメッセが来ていた。
『ネコ先輩、今ちょっとお話しできますか?』
時間は40分も前だ。
流石に遅いかな? 『ごめん。真魚ちゃんと通話してた。まだ大丈夫?』とメッセを返して既読がつくかだけ確認すると、すぐ既読がつき、マリちゃんから通話がかかってきた。
『遅くにごめんなさい、ネコ先輩。どうしても直接お話ししたくて』
通話越しのマリちゃんの声のトーンは明るい。
深刻な話ではなさそうだ。
「いやいや、こっちこそごめんね。真魚ちゃんとしょうもない話してたわ」
マリちゃんの性癖をちょっと暴露してましたとは言えない。
『実はその真魚のことで。あの、先輩。今日は本当にありがとうございました』
「うん? どういたしまして?」
なんだろう。そう言ってくれるのは嬉しいけれど、お礼だけなら別にメッセでもよかったような。
『私。真魚と遊ぶのすごく久しぶりで。今までお二人と楽しんでいた分、友達をちょっとないがしろにしてたなあって反省しちゃいました』
「ああ……なるほど」
そっか、自覚なかったんだなあ、マリちゃん。
恋人ができると、友達と天秤にかけなきゃいけない場面はどうしても出てくる。
マリちゃんの場合はスズの隣にボクがいるせいで、どうしても恋人の方に傾けざるを得ない場面が多かったんだろうな。
『それであの、先輩。今日のことって、真魚に頼まれたんですよね?』
「え?」
あれ、やっぱりバレてたんだ。マジか。
『私、真魚に恋人の名前は教えてなかったんですけど、その人がオカ研の先輩ってことは話したんです。スズ先輩がオカ研所属を明かした時、何かしらリアクションないとおかしいんですよ。先輩が教えたんでしょ? スズ先輩が恋人だって』
なるほど。スズが由比先輩について言及したときにはもうバレてたのか。
『っていうか、ネコ先輩が私たちの間に何も知らない人を巻き込もうとしてきた時点でおかしいなって思ってたんで』
「あ~。誘った時点で違和感あったのか」
『どうせ真魚が無理言ったんでしょう? 最近遊べてない友達と遊びたいとかなんとか』
おお、9割正解だけど肝心なところは抜けている。
ある意味助かった。
「そうなんだよ。ごめんね、騙すような真似して」
『いいんです。私、久しぶりに真魚と遊んで楽しかったです。これからはもう少し、お友達との時間も大切にしようと思ってます』
おお、それならまだ望みはあるぞ真魚ちゃん。
あとはキミが頑張るんだ。ボクはもう一切助けないからね。
そもそもお膳立てだけするって話なので、昔のボクへの義理はこれで果たした。
「そっか。うん、いいと思う」
やっぱりマリちゃんはいい子だ。
彼女の友達にドスケベセックス好きの変態女とか吹聴しちゃったけど。
それはそれとして事実だからまあ……いいよね。
『それだけです。遅くにすみません。また今度三人でデートしましょうね』
「おっけ、マリちゃんの好きなところに連れてってもらお」
『約束ですからね。それじゃおやすみなさい、ネコ先輩』
「おやすみ、マリちゃん」
通話を切り、一息つく。時刻は23時を回っていた。
土曜日の学生にはまだ宵の口だけど、今日は流石に色々と疲れた。
お風呂に入って、床に就く。
そして翌日目が覚めると、全身筋肉痛になっていた。
スズとマリちゃんからも、『筋肉痛で動けない』『つらい』とメッセージが来ていた。
普段からもっと運動したほうがいいなあと心底思った。
三人共セックスはしてるのになあ。
セックスは運動になるというのは迷信だったのかもしれない。
あんなに汗かくのにね。
こうして、ボクは折角の日曜日を一日中ベッドで寝転がって過ごすことになったのでした。
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