第25話 対決! 後編
本人が言った通り、技術がそこまで重要ではないアクティビティなら、真魚ちゃんはその地力をいかんなく発揮した。
だが悲しいかな。ここはエンタメ重視のスポーツアミューズメント施設。体力だけで勝敗が決まるようなアクティビティそんなにない。
モニターに映し出される動物から逃げるやつでは真魚ちゃんが優勝したけど、ようは短距離走。走力では真魚ちゃんが一番だった、ってだけだった。
現在、鈴音・真魚チーム1勝。対するボクら祢子・茉莉也チーム3勝。ボクとマリちゃんの間には楽勝ムードさえ漂ってきた。
「クソぉ! ねーちゃんが……ここならゲーム感覚でスポーツ出来るって……!」
膝をついて嘆く真魚ちゃん。
抗議したい気持ちはなんとなくわかるけど、ゲーム感覚なのは間違ってないから何一つ嘘はついてないよキミのお姉さん。
「そんなに気落ちすることないわよ真魚。まだ2ポイント差。挽回すればいいんだから」
なんとなく負けたチームが次のアクティビティを選ぶことになって、スズが次に選んだのは『ガンアクション』
3Dメガネをかけて全周スクリーンの真ん中に立ち、360°から飛び出してくる敵を銃で撃ちまくる、ゲーセンに置いてあるガンシューティングの超豪華版だ。
これならよりゲーム感覚で遊べるし、真魚ちゃんでもいけるかもしれない。
「んじゃ、先攻後攻決めますか」
ボクとスズでじゃんけんし、ボクとマリちゃんのチームが先攻に決まった。
プレイルームに入り、備え付けの3Dグラスをかける。
「ユニパのアトラクションを思い出しますね」
グラスをかけ、銃を手に取ったマリちゃんははじけるような笑顔を浮かべた。
そういえば、ユニオンパークでもシューティングゲームで勝負したっけ。伊勢志摩旅行でのスズの隣を賭けて。結果は二人ともランク外だった苦い思い出だけどね。
思い返せば、あの時まではもうちょっとライバルライバルしてた気がするなあボクとマリちゃん。
まあボクがその後、『3人一緒がいいかもね』なんて言ったから今こんな感じなのだし、発言を後悔しているわけでもないから良いんだけど。三人一緒の方が楽しいし、そのほうがスズも喜ぶし。
そりゃあ世間から見ればおかしな関係だろうけど、ボクらはボクらだ。
普通は浮気された時点で
「ああ、楽しかったね。ランキング乗れなかったけど……」
「あの日、実はレーンシューティング愛好家のオフ会があってランキングを席巻してたらしいですよ」
「あー、どおりで」
スタートボタンを押すと、目の前のスクリーンでカウントダウンが始まった。
「じゃあ、この前のリベンジマッチだよマリちゃん。一旦チームのことは忘れて、どっちがより多く敵を倒せるか勝負だ!」
「望むところです!」
カウントがゼロになる。同時に四方八方から、日本のオバケを模したような敵キャラが襲い掛かってきた。
制限時間は3分30秒。その間に敵キャラを撃ちまくって得点を稼ぐ。
体の大きな敵は得点が低く、逆に小さくて狙いにくい敵は高得点、といったオーソドックスなシューティングゲームだ。1分おきに弱点が複数ある巨大なボスが出てきて、倒せればボーナス点も入るらしい。
ボクとマリちゃんはガンガンに撃ちまくる。
ホラーは苦手だけど、敵キャラはかなりデフォルメされているので、ちょっと撃つのがかわいそうになるくらい可愛い。
それでも容赦なく引き金を引き、敵を倒していく。
1分ごとに出てくるボスはなかなかの迫力だったが、怯まずに撃ちまくる。
夢中になっている間にゲーム終了。スクリーンにスコアがでかでかと表示される。
Player1…13500点 Player2…9800点
何とマリちゃんの圧勝。
ばかな。結構自信あったのに負けた。
「やった! 私の勝ち~!」
「くぅ~! マジかぁ!」
両手を上げて
多分、ボスに対するラストアタックでボーナスが入る感じだなこれ。ボスが倒れそうになったタイミングで次の敵が現れる場所を探ろうとしてたボクの作戦負け。
トータルスコアは23300点。
一応協力ゲーなので合計ポイントがランキングに乗る。2人プレイでの全国順位12800位。4桁にも入れてないあたり微妙っぽい……。まあ、いいよ! 別に今はスズたちに勝てればいいんだから。
「それじゃ、次は私達ね」
入れ替わりに、スズと真魚ちゃんがプレイルームに入る。
中の様子は外からモニターで見られるようになっていて、3D眼鏡と銃を準備するスズたちの姿が映し出された。
うーん、モニター越しでもわかる真魚ちゃんのガチガチぶり。こりゃあこのアクティビティももらいましたわ。
などと余裕をぶっかましていると、もうゲームが始まっているというのに、スズが突然真魚ちゃんの背後に回り、両肩を掴んだ。
「はい、肩の力入りすぎ。ちょっと力抜こうか」
ルーム内からスズの声が聞こえてくる。
彼女はそのまま真魚ちゃんの手に両手を添え、構えを正す。
「いい? 両手でしっかり握って、まっすぐ正面に構える。銃の後ろにスリットがあるでしょ? それと先端の突起と、的が一直線になったら引き金を引く」
「う、ウス」
真魚ちゃんが引き金を引くと、正面の敵に見事命中した。
「あ、当たった……!」
「よし、その調子でやればいいわ」
スズは真魚ちゃんから離れ、自分の銃を手に取ると、銃を手のひらでクルクルと回した。
んん? ガンスピンうまいな!?
残り時間2分。現れたボス敵を、スズは瞬く間に瞬殺。
そう言えばスズとゲーセン行くとき結構ゾンビ倒すゲームとかやってた気が。ボクは怖いの苦手だからその間他のゲームしてたけど、コイツこんなに上手だったのか。
ボクとマリちゃんが感嘆の声を上げているうちに、スズはアクション映画もかくやとばかりに画面に表示される敵キャラをバシバシなぎ倒していく。
しかも、なるべく小さい標的を狙い、狙いやすい大きな敵は全て真魚ちゃんに任せている。
最後に出てくるボスも難なく倒し、スズは再びガンスピンを披露して、銃を台座に収める。ゲーム終了。
スコアは
ええ? これ、スズが最初から本気出してたらどうなっちゃってたんだ?
「す、凄ェ! 法月先輩! のび太みてぇ!」
ルームから出てきた真魚ちゃんもすっかり尊敬のまなざしでスズを見ている。ほめ方は微妙だが。
「……せめて次元とか冴羽獠って言ってくれる?」
複雑な表情を浮かべているスズだったが、ボクとマリちゃんもアツい視線を送っていることに気づき、フッーーと不敵に笑った。
「二人ともちゃんと見てた? 私が本気出したらざっとこんなもんよ。悪いけど、ここから反撃開始だから」
彼女の宣言通り、そこからは何と一進一退の攻防が繰り広げられた。
真魚ちゃんが行き詰まるたびにスズが助言し、真魚ちゃんは素直に言うことを聞いて持ち前の身体能力を爆発させる。
スズのやつ、銃だけじゃなくトレーナーの才能もあったのか。
こうして、ボクらの勝負は意外にも接戦となり、引き分けのまま、最終戦へともつれ込んだ。
最後のアクティビティとして選んだのは、『ボカボカアリーナ』
硬めのクッションのような材質の台座の上に立ち、空気入りの柔らかい棒でボカボカ叩き合う。
台座から落ちたほうが負け、というシンプルなルールだ。
「とっとと落ちなさいよネコ~!」
「スズこそ! いつまで粘ってんだよ~!」
足場が安定せず、ちょっと叩かれただけですっ転びそうになる。お互いの棒を掴みあうのもルール的にはありだが、こうなると押し相撲だ。
さっきの凄腕ガンスリンガーと同一人物とは思えないほどへっぴり腰のスズが、両脇に棒を抱えて必死にバランスを取ろうと堪えている。
ボクはというとその2本の棒の先端を掴んで、こっちはこっちで必死にこらえていた。
引っ張ったり押したりしようにも、パワーはスズの方が上だ。それならば……。
「こんのお!」
ボクは両手を思いっきり引っ張る、
スズが後ろに体重をかけるのを見計らって、ぱっと棒を離した。
「ちょっ」
スズはそのまま背後に滑り落ち、柔らかいビニールプールのような材質の床に沈んでいった。
「あー、負けちゃったわ。次は任せたわよ、真魚」
「ウッス! 任せてくださいよスズセン! オレがぶちのめしてやりますよ!」
うはは! と笑いながら真魚ちゃんはステージに飛び込んでいった。
なんかいつの間にかスズの舎弟みたいなムーブしてんな真魚ちゃん。その人恋敵なの忘れてない?
「むう……。ネコ先輩、わたし絶対勝ちますから! 真魚なんかに負けません!」
マリちゃんもまた、やる気満々でステージに立った。
「言うじゃねぇか茉莉也。単純なパワーならオレの方が上だぞ」
「さっきのスズ先輩の負け方忘れたの? 頭脳プレーなら真魚なんかに負けっこないよ」
この施設で遊んでいて気づいたことだが、マリちゃん、結構真魚ちゃんには辛辣というか……。ボクらには普段見せない一面が顔をのぞかせてくれるな。
友達だから気の許し方が違うのか、それとも単純に真魚ちゃんのことがそんなに好きじゃないのか……?
後者ではないことを祈りつつ、試合を見守ることとなった。
「いくわよ真魚~~!」
マリちゃんはいきなり自分の棒をブンブンと振り回し、上段から叩きつけた。
普通に力押しじゃん! 頭脳プレーはどうしたんだよ。
「くらえ~!」
「うおおっ!」
真魚ちゃんは顔面に食らいながらも棒を受け止め、がっちりとホールドする。
やっぱり初手顔面行くのはマリちゃんわざとやってるのでは?
「へへ……甘いぜ茉莉也ァ!」
マリちゃんが目を見開く。
真魚ちゃんは足をハの字に広げ、まるで両足で掴むかの如く深く踏み込んでいる。
なるほど交代の時、スズが何か真魚ちゃんに助言していたように見えたけど、恐らく柔らかいクッションの上でのバランスのとり方のコツをこっそりと教えていたのだ。
「卓球のお返しだ!」
あ、やっぱ根に持ってたんだね。アレ。
「……ッ!」
マリちゃんはびくっと震え、体をすくませ目を閉じる。
「……ッッッツ!」
ピタッと真魚ちゃんの攻撃が止まった。
「え?」「あ?」「ん?」
マリちゃんと
真魚ちゃんはなんか額に汗を浮かべたまま硬直していた。
「それっ」「ぐえっ」
マリちゃんはそのスキを見逃さず、真魚ちゃんに掴まれた棒をさらにぐぐっと押し込む。
真魚ちゃんはそのまま墜落し、ゲームセット。弱っ。
―――
こうして、『Versus!』アクティビティ対決はボクとマリちゃんチームの勝利に終わった。
施設の外のフードトラックで敗者の二人から勝利のアイスをおごってもらい、舌鼓を打つ。
ボクはアイス片手に真魚ちゃんの傍に寄り、さっきの不可解な負けについてそれとなく聞いてみた。
「最後、なんで叩かなかったん?」
真魚ちゃんのパワーなら、マリちゃんを一撃でなぎ倒すこともできたような気がするのだが、どうしてあそこで止まったんだろう。
「……その、ビビってる茉莉也を殴れなくて……」
「ヘタレ」
おおむね予想通りの答えが返って来て、ボクは嘆息した。
「真魚」
そんな僕らの背後からそっと手が伸びてきて、真魚ちゃんの頬に冷たいアイスのカップが触れた。彼女は変な声を出しながら飛び上がり、慌てて振り返る。
「な、なんスかスズセン」
「ほら、アンタもアイス」
スズが持ってきたチョコレートアイスのカップを、真魚ちゃんは不思議そうな顔で受け取る。
「運動苦手なのに頑張ったでしょ? 敢闘賞あげる。マリにチョコアイス好きだって聞いたからそれにしたけど、良かった?」
「あ、ッス……。ありがとうございます……」
微笑むスズを見て、真魚ちゃんはほっぺたをほんのり赤く染める。
褒められて照れたのか、すぐに視線を外し、おずおずとプラスチックのスプーンを手に、アイスを食べ始めた。
スズのやつまたコマしやがって……誰にでも優しくするのは彼女の美徳であり、悪癖でもあると思う。きっと自分を陥れた悪女とかが相手でもなんやかんや優しくするに違いない。
まあ、こんなんでテレる真魚ちゃんも真魚ちゃんだが。
大丈夫だとは思うけど、一応牽制入れとくか……。と思って、ボクはこっそり真魚ちゃんに耳打ちする。
「……惚れんなよ?」
「……惚れねぇよ!」
真っ赤になって否定する真魚ちゃん。
ほんとかー? うーん。これ以上複雑化しないでもらえると助かるんだけどな。
結果的に言えばボクのこの懸念は杞憂に過ぎなかった。
だけど、今日のこの日は特別な日だったな、とボクはのちに回想することになる。
これからボクらの関係性を大きく変化させてしまうある出来事の、小さな前触れとなった日だったから。
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