その翼は淡く輝く

@8253iyo

その翼は淡く輝く

 それは今年もやってくる。

 毎年のように現れてはこの町の人間に夏を感じさせる存在。何十年も前にどこかしらの研究所から逃げ出した実験生物、なんて噂のあるもの。

それがこの町に現れるドラゴンだ。

毎年の夏のある時期。町に巨大な影を落としながら悠然と空を飛ぶ異形。しかし、ほとんどの町の人間は見たことがない。

「あの巨大な影が見えても、空を見上げちゃいけないよ」

 その姿を見た者から言い渡された言葉であり、この町の掟であった。

 俺はこの夏、この掟を破ろうと思う。


「引っ越しって⁉ いつなんだよ⁉」

「……八月二日。もう二週間切っちゃってるね」

 あまりにも淡々としたその口調に、俺は少し苛立ちを覚えていた。

「しょうがないよ。父さんの仕事のためなんだし」

 俺と同じ中学二年のこの男、ケイタとは小学校からの友人であったが、不思議な奴だとは思っていた。

 ケイタは小学六年の時、この町に引っ越してきた。

 常に大人びた雰囲気を醸し出しており、その整った顔立ちも相まって女性人気は高いが、単純な俺にはこいつの言動が時折分からなくなる。

 今だってそうだ。

 来月の頭に引っ越すことを今言ってきやがった。

 もう十二日しかないじゃないか。

「……なんで黙ってたんだよ」

「これ言ったらケントはずっと悲しい顔しそうだから。分かりやすく」

「友達が引っ越すんだぞ。そりゃ悲しい顔になるだろ。何が悪いんだよ」

「嫌なんだ、悲しい顔されるの」

 ケイタが立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。アイスごちそうさま」

「ちょっと待てよ、おい!」

 あいつはこちらを振り返ることなく、俺の部屋から出ていった。


 ケイタとはなんとなく話しづらくなり、あれから五日が経過していた。

 担任からケイタの転校が伝えられ、クラスは騒然となった。クラスの連中、特に女子からは落胆の声で溢れているところだろう。

 実際、今日は一段とあいつの周りに女子が集まっているように見えた。

 そんな彼女たちにあいつはいつもの営業スマイルを振りまいている。まるでアイドルのファンサみたいに、ケイタは自分を取り囲む人間が最も欲する反応を提供しているように俺には見えた。

 いつもと変わらない光景に見える。

「あの王子様ともお別れか……」

「いなくなると思うと寂しいよな」

 普段は嫉妬の炎に身を焦がす男子一同だが、この知らせに悲しみの表情を浮かべている。なんだかんだあいつはみんなから愛される人間であった。

 しかし、そんなクラスメイトにあいつは本当の気持ちを見せてはいない。

 ケイタ、お前は何がそんなに不満なんだ。

 俺には分かるんだ。お前が不安を隠していることを。

 そんなことを考えながら俺はクラスでただ一人、あいつに苛立ちを見せていた。


 七月二十九日。ケイタの引っ越しが五日後に控えている。

クラス全員で集まり、ケイタのお別れ会なるものが行われた。

 しかし、そこでもケイタはうわべだけの表情を作っていた。

 その帰り道、俺は久々にあいつと一対一で話をした。その顔には先ほどまでの作られた表情はない。

 いつもは優越感を感じていたその状況が、今は何よりも腹立たしかった。

「お前、なんで表情作ってんだよ。どうせもういなくなるんだから、外面なんていらないだろ」

「……僕がそうしたいからだよ」

 こいつはいつもそうだ。曖昧な返事しか寄越さない。

 いつもは面白おかしく感じるそれも、今は苛立ちを感じてしまう。

「最後くらいは本音で話せよ! 俺ら友達じゃねぇのかよ!」

 思わず声が大きくなる。そのままの勢いでケイタへの不満をぶつけようと口を開きかける。

 しかし、目の前の友人の様子に思わず口を紡ぐ。

 今にも泣きだしそうな顔でケイタは俺を見ていた。

 その顔のまま、ケイタが口を開く。

「……どうせ君も忘れるんだろ」

 そう言ってケイタは早足で歩き始める。俺は足を動かせない。

 かける言葉が思い浮かばなかった。


 家路につくや否や、俺は自室のベッドに頭をうずめていた。自身の発言に若干の後悔を感じながら、アイツの言葉について考えていた。

 思えば、中学二年生のある日、ケイタは自分のことを話さなくなった。

 ちょうど一年前のことだったはずだ。

 その時に何かがあったのか?

 どうせ忘れるというのはどういうことだろうか? 

 そんなことを考えてるうちに俺はいつの間にか眠りについていた。


 目を覚ますと時刻は六時半。日もすっかり沈み、窓の外は薄暗くなっている。

 一階の夕食の匂いがこの部屋まで漂ってきている。

「ちょっと寝すぎたな……ん?」

 ベッドから起き上がろうとした時、ふと外を見ると空を何かが飛んでいる。

 淡い光を放ちながら、薄暗い空を悠然と羽ばたいているその姿を捉えた。

「あぁ、もうそんな時期か……そうだ!」

 毎年のこの時期、この町にドラゴンが現れる。

今となっては当たり前になったこの光景を見て、俺は思わず飛び上がった。

 そのまま机に置かれた携帯電話に手を伸ばし、電話をかける。

『……何?』

 ケイタの不機嫌そうな声が電話口から聞こえてきた。

 俺はそんな声とは正反対と言える声を出す。

「お前、いつなら空いてる?」

『えっ? どういうこと?』

「いいから!」

『……八月一日なら大丈夫だけど』

「それじゃあ、一日の十三時に俺んち集合で」

『ちょっと待って!』

 アイツの返事を待つことなく、俺は電話を切った。


 約束の八月一日。

 集合時間の十分前にケイタは俺の家に来た。

「おお、来てくれたか!」

「まぁ、今日で最後だろうし……って、ちょっと!」

 早速歩き出した俺をケイタが引き留める。

「どこ行くの?」

「裏山」

「はぁ! こんなクソ暑いときに山登るの!」

 普段は聞かないケイタの汚い言葉に可笑しさを感じつつ、俺たちは走り出した。


 裏山に着いて早速、頂上の展望台に向かって登り始める。

 この山はしっかりと整備されているが険しい道のりだ。運動嫌いなケイタの苦悶の表情を見て思わず笑ってしまった。

「笑わないでよ。いきなり連れてきといて」

「あぁ、ごめんごめん」

 休憩所で交わす和やかな会話に久しさを感じる。

 この和気あいあいとした会話に居心地の良さを感じつつ、俺は口を開いた。

「この前は悪かった。お前の気持ちも聞かずに怒鳴って」

 そんな俺の様子に面を食らったのか、静寂の後、アイツは笑顔をこぼしていた。笑い終えたアイツは俺の顔を見ながら語る。

「……話してなかったよね、君には」

 ベンチに腰掛けてケイタは自分のことを話し出した。

「中二の夏に前住んでたところに行ったんだ。その時の友達にも会ったよ。でもさ……」

「でも?」

「誰も覚えてなかったんだよ、僕のこと。それに……」

「そろそろ行くか」

「えっ、ちょっと! 待ってって!」

 話を遮り、俺は再び歩き出した。


 日が傾いてきた頃、俺たちは頂上にたどり着く。

 赤く色づいた空が、俺とへばっているケイタを照らしている。

「とうとう理由も言われずにここまで連れてこられた……」

「まぁ、見ろよ。そろそろ来るはずだ」

 俺はケイタの目線を空に向けさせる。

 その時、淡く光る何かが俺たちの頭上を飛んだ。

 羽ばたく翼の音がすぐ近くで聞こえてくる。

「えっ、眩し! 何!」

 驚きを隠せないケイタの目の前に何かが落ちる音がする。

 ケイタは思わず目を閉じていた。

「よしよし、今年は不時着しなかったな」

 俺がそう言うと、翼の主が地面に力なく倒れこむ。

 ケイタがゆっくりと目を開ける。

「……小さくない?」

 俺の足元に倒れるその生き物は三メートルほどしかない体を俺の体にこすりつけている。

「これはどういう?」

「なんか俺に懐いたんだよ。何年か前に俺の家に落ちてきてさ」

 目を見開いたまま、ケイタが尋ねる。

「見ちゃいけないんじゃないの?」

「この翼見ろよ。こんなん見つめてたら目おかしくなる」

 ドラゴンの翼に光が当たると反射する。それに気づいた町民によって見てはいけないというルールが設定されたらしい」

「その町民が俺の爺ちゃんなんだ」

 つまり、この掟はただの安全対策だというオチだ。そんなしょうもない真相にケイタは唖然としていた。

「こんなの、俺もお前も忘れないだろ」

 俺の言葉にケイタが満面の笑みを見せる。

 数年ぶりに見るその表情に俺は出会った頃のことを思い出した。






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