Rise of the CLAW

@zimatoisonia

起源 -Origins-

ハロー。私はクロウ・S・マーロン。

ACPDに存在する特殊部隊「SWAT」から派生した「特殊捜査任務懲罰部署」と呼ばれる組織でチームリーダーをやっていた。

じゃあ今私は何をしているかって?……喉がつぶれ切った状態で断末魔をあげながら豚に頭を食われてる。

これは私のちょっとした油断や慢心や不道徳な心が起こした完全なるミス。知りすぎてしまったんだ。

頭蓋骨は砕け、脳が露出して主イエスのもとに召されるまで数秒ってところまで来てる。

今話してるのはエンドルフィンによって時が止まった私の走馬灯だ。

私は1998年6月6日にアニマルシティのUCACサンタモニカ・メディカルセンターで産まれた。血筋はイギリスで先祖は合衆国独立戦争時代にこちらにきて定住したらしい。

幼少期は父親に殴られ母親は癇癪を常に起こし、常に日常的に命の危険にさらされ学校にはまともにいかず…なんて言うと思ったか?

私はお父さんとお母さんに愛情いっぱいに育てられた。住まいはサンタモニカの住宅街。特別大金持ちってわけではなかったが、まったくと言っていいほど貧乏とは無縁のまさに「理想的な普通の一般家庭」だった。

お父さんは商社のデスクワーク。まさに合衆国の典型的なステレオタイプの趣向をしていて、休日はマッチョな大男がマシンガンを乱射したり、カスタムしたスポーツカーで爆走する映画をよく一緒に見に行き、車いじりが大好きでダットサン・ズィー・カーで何度も遊園地に連れて行ってくれた。

大人になってこのズィー・カーで練習して免許を取った後、この車を譲ってもらったときは本当にうれしかった。今でも私の宝物だ。

お母さんはパートタイム勤務で飲食店に勤めていた。毎日学校への送り迎えをしてくれて、よく私を褒めてくれて、仕事の兼ね合いか料理が大好きで特にアップルパイが絶品だった。シナモンがたっぷり入っていてこれ以上ないくらい体に悪くてカロリーの高そうな味がするが、今でもふと実家に帰ってこの味を堪能したくなる。

毎日欠かさず学校に行き、週末は教会を礼拝してからバーベキューや遊びに出かける幸せな日々を過ごした。

道を外れずにハイスクールまで進み、クラブは女子バスケットボールでキャプテンをやっていた。

二年生の夏休みにあったバスケットボール大会でダンクシュートを決めた時の興奮は今でも忘れられない記憶だ。準優勝で終わったけど。

そして最終的には4年間はロングビーチに移り住んでそこで大学に通った。お父さんとお母さんはズィー・カーで独り立ちする娘を涙ながらに応援してくれたし、大学の費用もすべて貯金から出してくれた。

そうやってあれよあれよという間に大学四年生、自身の進路について考えなければならなくなったがこれが転換期だった。

私はたしかに幸せな人生を過ごしてきたが、毒にも薬にもならない人生だったばかりに目標もやりたい事もなかったのだ。

周りの友人たちがどんどん道を決めていく中で私は焦りに焦っていた。私は何をすればいいのだろうと悩み続けた。

そんな時にある天啓が舞い降りた。キッカケはケーブルテレビで再放送されている警察ドラマだった。

アニマルシティのACPDを題材にしたもので、白人の刑事と黒人の刑事のバディ物で旧式のベレッタやウージーを撃ちまくるB級なドラマだったが、これが私に大きな影響を与えた。

警察官になれば何か特別なことができて、胸を張って生きられるんじゃないか?と。

「大学を卒業したら地元に戻ってACPDアカデミーに行こう。」そう誓って私は大学卒業までの時間でそれらの事前勉強に没頭した。

そうして親に反対されたもののACPDアカデミーに入り、基礎的なことをすべて学んだ。

バスケをやっていたことで体力面に自信があったこともあって体力テストは余裕だったし、事前勉強が功を奏して筆記系の試験も楽々だった。

ただ、銃の取り扱いだけはただでさえ銃規制の強いアニマルシティだったことと、父親が「危ないから絶対にダメだ」と我が家のホームディフェンス・ガンには一切触らせてくれなかったため触れる機会が無く、どうにも難しく感じたがコレは単純に慣れた。

そうやってどんどんと時が経っていき、気が付けば地元のサンタモニカの交番に勤める制服警官になっていた。しかしこれが罠だった。

アニマルシティの中でもサンタモニカは特に治安の良い場所であり、スラムとも遠かったことで時折暴力事件や窃盗は起きれど、基本的には毎日つまらないATのパトカーで大したスピードも出なければテクもない暴走族を追いかけて切符を切るか、交番で座り続けて道案内をするかしかすることがなかった。

はっきり言って想像した世界とは違って毎日がゴミのようにつまらなかったのだ。

そんな時だった。交番内にSWAT隊員募集のポスターが貼られていたのを見つけた。

確かにサンタモニカや富裕層の住まうビバリーヒルズはかなり治安が良いが、それ以外はかなり治安が悪い…というか最悪と言っていい。

特にダウンタウンやサウス・アニマルでは一日何百件と死亡事件が起きる魔境と化していて、何十ものギャングやカルテルが入り乱れる警官致死ゾーンとして恐れられていたのだ。

そんなこともあってか人手不足に陥りやすく、ACPDのSWATは経歴よりも実力主義に寄ることで、交番勤務を務めて数か月の人間でも応募できる制度になっていた。

私は「これだ」と思った。このまま毒にも薬にもならない人生を生きるぐらいなら、危険を冒してでもスリルを感じてみたい、もっと刺激が欲しいと思った。

そうして私はSWATを志したのだった。






SWATアカデミーでの競争は過酷を極める物だった。

私はバスケットボールをやってたし、きちんと毎日ジョギングやトレーニングを積んでいたので体力には自信があったのだが、それじゃ済まされないほど過酷を極めていたのだ。

当時教育係を務めていたエマ・カストロ・マルチネス教官の毎日のしごきで筋肉痛になり、手の震えで銃は的に全く当たらない。

疲れで勉強が頭に入らなかったこともあったし、なにより他者からずっとライバル視される。

私のような刺激が欲しいという理由から入ろうとしている人間はごく少数で、ほとんどの人間はちゃんとした志をもち、休憩時間中に志望動機を話し合う時は皆目をキラキラさせながら切磋琢磨していたのだ。

私は「刺激が欲しくてSWATに入ろうとしている」なんて言えるわけもなく、そういった話はやんわりと流していた。

ただ、私にだってプライドがある。たとえ歪んでいてもそれが私の一本筋の通った信念なのだからそれを歪めたりすることは他人でも許さない、そう思った。

とにかく耐え、耐え、耐え続け、何度もゲロを吐いてついに最終選抜試験までこぎつけた。

応募者こそ数十人いたがこの選抜試験を通過できるのは一度に二人までだった。

最終的に残ったのは私含めてたったの4人だったのがSWAT試験の難易度の高さを物語っている。

ルームエントリーの訓練で互いを信頼しあっていた仲間が今はSWATの席を死に物狂いで取り合っているのだ。

一人は体力試験中に無理をしすぎて靭帯損傷、一人は慢心か緊張か射撃試験の際の安全確認で初歩的なミスをして脱落をした。

私は数か月の過酷なトレーニングの末にそれに耐えられるだけの体力と筋力をなんとか培うことができたため、体力試験は汗だらだらになりながらなんとか合格したがピストルの射撃試験はやや不安があった。

ライフルは体に抑えつけるので反動を逃がしやすく、何より当時使っていたガイズリーのAR-15はハンドガードの握りやすさと軽さもあって圧倒的に射撃が楽だった。

緊張で手汗と心臓の鼓動が強まっていく中で「ゆっくりはスムーズ、スムーズは速い」という教官の言葉を思い出した。

私はゆっくりとFN509ポリマーフレーム・ピストルをサファリランド製の6390ホルスターからレバーを下げて引き抜くと、アイソセレス・スタンスで構えながら力まないように反動をながし、正確にターゲットの頭を撃ちぬいていった。

17発撃ち終わればマガジンを素早くタック・リロードで交換し、スライドストップを下ろして射撃を続けた。

そうやってターゲットを撃ち終わると周囲の安全確認をしてから銃をホルスターへと戻し、試験を終えた。

結果は…合格だった。それまでの疲れかうれしさからか合格発表の時に地面にへたりこんでしまった。

もう一人の参加者も無事に合格したようで、大きな声で「イエス!」とガッツポーズをしていた。

そのあとの細部の指導で彼の方が射撃の精度が高かったことを説明され、少し嫉妬したがそれももう合格してしまえばどうでもいいことだった。

私はもう一人の参加者と共に人員が不足していた60チームのメンバーとして選ばれ、翌日からは連携も兼ねて実戦まで細かいトレーニングと連携の訓練を積むことになった。

一つ気に入らないのは私が「60チームの66D」だったということだ。不吉が過ぎる。

ただ、SWATになってからの毎日は最高にエキサイトしていた。

毎日携帯のアラームで呼び出され出動し、死地に赴き、死を躱し、敵に死罰を与え、市民やマスメディア、そして事件の被害者から大きく称賛された。

今までの毒にも薬にもならない人生と違って、私はこの生活に酔いしれた。

プライベートの時間は少なかったが、大学を卒業してから友人たちとは離れ離れになっていたのでそれもどうでもよかった。

しかし、どうしてかそんな幸せは長くは続かなかった。

どうもこうも私が今まで感じたことのない高揚感を感じる事件があった。

それはダウンタウンにあるスキッド・ロウで起きた事件だった。

犯人はニキビだらけで汗かきでファストフードを毎日食べて肥え太った肉塊のような容姿。禿げてて眼鏡をかけ、どこからどう見ても〝ナード〟と呼ばれるであろう中年のロリコンだった。

数名の同じ趣向を持った仲間を連れて学校帰りの小学生を大型のバンで誘拐し、小汚い小屋に押し込め、その子供たちをレイプして作ったハメ撮りの児童ポルノをダークウェブに流して販売し、ビットコインを稼ぐ最低最悪のゴキブリ野郎だった。

情報によればその販売は〝ロス・クルティード〟と呼ばれる麻薬カルテルを介した物らしい。

私はアニマルシティの温室でぬくぬくと生きていた為、このような最低最悪の邪悪に触れる機会はほとんどなかった。故に許せなかった。

目的は逮捕だったが、私はソイツがレイプした裸の少女を見た。

その少女は腹から血が出ていた。処女膜からの血ではないことは一目で確信できた。

何故ならばその子の腹は妙に大きく、殴られて痣ができており、中から形成途中の赤ん坊の残骸が〝飛び出していた〟からだ。

私はその光景を見た瞬間、腰につってあった警棒を引き抜くとロリコン野郎の顔面を破壊した。

硬質スチールの芯でできたフリクション・ロック式の警棒で一発叩くと、ソイツの歯の30%は砕け散って口内に突き刺さり、大量の血と欠けた歯を吐き出した。

続けて二発目を打ち込むと口腔内が完全に破壊され、顎が外れた。

そして次の一撃をたたき込むと顎がもげかけた。

激情に身を任せたこの行動は実に数十秒の出来事だった。

ハッと気が付くと仲間に羽交い絞めにされて抑えつけられていた。

私に殴られたロリコン野郎は地面にぶっ倒れながら汚らわしい血で美しい大地を穢し、涙を流しながら体をぴくぴくと痙攣させ虫の息になっていた。

60チームのリーダーは急なことで青ざめた顔をしていたが、冷静に「60チーム、66Dは犯人に襲われやむを得ず警棒で応戦した。いいな?」と口裏を合わせると救急車を呼び出した。

あまりの精神的疲労でその場にへたり込んだ。冷静に落ち着いて考えれば私がやったことは虐待に他ならないしこんなこと赦されるのか、と。

だがそれと同時に妙な高揚感があった。悪人を罰した時の感触の気持ち悪さと心地よさ、仲間からの視線…すると被害者の少女が私に抱き着き、感謝されたことで異様な背徳感に支配された。

正義を執行したことによる快楽とそれと相反したことが同時に存在する快楽によって、脳のドーパミンが異常に高まり、興奮し、濡れた。

結局この事件の私の行いは「正しい判断」として処理され、新聞にも報じられると私は昇進となったのだった。

だが、私はこの快楽から逃れることはできなかった。

そして何より〝ロス・クルティード〟という組織が気になった。

次の事件では末端の麻薬の売人の手足を折り、その次の事件ではギャングの眼球を破壊した。

そうやってどんどん悪人たちに罰を与えていくうちに、どんどんと歯止めが利かなくなっていく。

60Dには「我々の本分は逮捕して法の裁きにかけることだ!断じて私刑にすることではない!」と怒鳴られ、同期の67Dには「お前がそんな狂った奴だとは思わなかった。最悪で凶暴なマニアック野郎め。」と罵倒された。

私はそのやり方を続けた。続けて続けて続けて、正義を執行して快楽を満たしていた。

だが、そんなやり方はついに続かなくなり、庇いきれなくなった60Dが私をチームを総括していた〝警部〟に報告された。

私はSWATをクビになり、元の制服警官へと戻され半月の謹慎処分になった。

そして急に自分がやったことが恐ろしくなっていった。

だが、教会の懺悔室で神父様にそのようなことを悔いても、理解されることはなく、心を満たすものもなくなって苦しくて苦しくて死んでしまいそうになった。

私はついに吹っ切れると謹慎期間中にも制服を着て、これまでのSWATの情報筋から培った犯罪集団のルートを徹底的に洗い、悪人どもを撃って殴って殺していった。

「俺たちは…こんなやり方で生きていくしかなかったんだ…引っ越す金もない、かといってどこも雇ってはくれない!あったとしても工場で豚みたいな金で搾取されるだけだ!そんな俺たちがアニマルシティで生きていくためには盗みや薬を売るしかなかったんだ!」

そんなことを虫は口走っていた。私は特に興味がないので右腕の指を3、4本をその場で会った切れ味の悪い包丁でギコギコと切り落とした。

「…ああああああ!ファック!クソ、クソ…」

その虫はよだれと鼻水を垂れ流しながら半泣きになってこちらに恐怖の視線を向けていた。ゾクゾクする。

「私には関係ない。次は左手も行こうか?まだ病院に行けば指くっつくかもしれないのに。」

「わかった…!わかった、わかった言うよ!」

そうして折れた虫は自身の上にいるのが〝ロス・クルティード〟であることを吐いた。

私は高揚した。点と点がつながる快楽。そしてそいつらを虐待できる快楽。この街にはもっと大きな虫がいる。虫を潰して潰して潰して、まだ潰せる虫がたくさんいるということがうれしかった。

だが…バレた。その虫が私が拷問したことをACPDにゲロったのだ。

家に一枚の書類が届いた。それは「懲戒免職処分」と書かれた書類だった。

私は放心状態に陥った。このままでは遊び場がなくなってしまうと。

そうなると夜も眠れなくなった。苦しくて苦しくて苦しくて止まらなかった。

そんな時、あるメールが届いた。それはSWATチームを総括する警部〝直々〟の呼び出しだった。

私はかつての仲間に侮蔑の視線を向けられながら、ACPDSWATの本部に呼び出された。

仲間は私の顔を見るたびに不機嫌そうな顔をして、とにかく面を見たくないって感じだった。

今後の私の処分を口頭で伝えるために呼び出したのだろうと思った。

警部は椅子にふんぞり返りながら葉巻を吸っており、どこか落ち着いているようだ。

そしてかけられた言葉は意外なものだった。

「お前は…異動だ。」

異動…?まったくと言っていいほど意味が分からなかった。私はSWATをクビになり、制服警官に戻ったうえで懲戒免職のはずだ。異動なんてありえない。

「この書類を見るんだ。お前は絶対に興味があるはずだ。」

するとファイルに挟まった書類を渡された。

中にはこう書かれていた。「特殊捜査任務懲罰部署」と。

まるでわけがわからなかった。警官時代からSWATになるまで一度も聞いたことがない部署だったし、試験の時に聞いた記憶もない。

それにも増して「懲罰部署」というのがわけがわからない。軍ならまだしも警察で懲罰部隊なんて聞いたことも見たこともなかったからだ。

「お前の活躍は全部知ってる。なにやらかしたのかも全部だ。その部署は私が秘密裏に立ち上げた。どの部隊の前任者のジョルト・スタイン巡査部長が行方不明になってな。明日からお前が代わってチームリーダーになる。」

わけがわからなくてどうにかなりそうだった。私はまだSWATに入って1年にも満たない若輩でしかも追い出された私がチームリーダーになるなんて。

「チームリーダー?冗談はよしてくださいよ…それに私はもう手綱を持たれるなんて御免です。我がままですが好きにやらせてほしい。死刑になってでも虫を殺します。」

「いや、手綱を持つのは私じゃない。〝お前〟だ。この部署は私が作ったが指揮系統はお前にある。SWATとは直接の関係もない。お前はお前と同等の悪党どもを連れて悪党を狩るんだ。」

少し悩んだが私にはこれが最後のチャンスだと思ったから縋ってみることにした。

「わかりました。引き受けます。それで部署はどちらに?」

「お前は今日から私の別荘に住んでもらうことになる。こことは間反対の山の麓にある一軒家だ。荷物はもうこっちで準備してある。お前はそっちに行くだけだ。到着したら追って本拠地の住所を通達する。」

随分と勝手な人だな、と思いつつもこの仕事が続けられることにウキウキしながら私は部屋を後にしたのだった。






午前7時、鳥のさえずりで目を覚ます。

シャワーを浴びて全身を洗い流し、ドライヤーで髪を乾かし顔に化粧水と乳液を塗る。

そしてオートミールとミキサーでアサイースムージーを作り、ダイニングテーブルに座るとテレビをつけてCBSのニュースを流す。

私はこのゆっくりと時間の流れる平穏な時間が大好きだ。私が作ったスムージーはベリー多めの味わいがたまらないし、何よりお母さんが小さなころから毎朝作ってくれたレシピをそのまま再現した母の味。飲むだけで落ち着く。

オートミールは淡白な味わいだが美容に良いから毎朝食べている。ハッキリ言ってカロリーの高いパンやベーコンを忌避しているだけといえばその通りなのだが。

ニュースは雰囲気づくりのためのBGMのようなもので、やれ株がどうだの国際情勢がどうだの不祥事がどうだのはどうでもよかった。朝って感じがして目が覚めるからつけているだけだ。

そうして7時半になるとテレビを消し食器を下げて軽く流してから食洗器に入れ、服を着替えてからドアに下げられたズィー・カーの鍵を取る。

ガレージを開けると昔から馴染みのある丸目のズィー・カーが出てくる。

このダットサン280ZXは父から譲り受けた車だ。この丸目でロングノーズ・ショートデッキな風貌がたまらなく好きだ。最早時代遅れの旧車だが、その美貌は私の瞳の奥に焼き付いて離れない。

私はそんなズィー・カーのドアを開け、燃料ポンプのスイッチを押すとキャブレターにガソリンをどくどくと充填し、頃合いになったらセルを回してアクセルを何度も踏み、L20E型エンジンが徐々に脈動を始める。

手間がかかる始動方式なのは間違いないが、この掛かった瞬間の生命の息吹がたまらないのだ。

そして私は〝新しい職場〟へ向けてズィー・カーのアクセルを踏み込み、ギアを上げていく。

今までACPDの本部に向かう時は物々しい街の中を移動し、下手すれば渋滞に巻き込まれるのが不満だったが、新しい住まいは山の麓。周りには何一つ邪魔をするものがなく好きにかっ飛ばせる。

それに開けた窓から涼しい風が飛び込み私の心を癒してくれる。

これほど心地よい朝のドライブは他にないだろう。

そうしている間に気が付けば十分が経ち、目的地についていた。

ハッキリ言ってこれが警察組織の建物であるとは到底思えなかった。

なんの看板もなければあるのは落ち葉とトレーラーハウスとプレハブ小屋とガレージだけだった。

私は人の声がする小屋の元に近づくとコンコンと扉をたたくが反応がない。

仕方なくドアを開けるとむせかえるようなコカインの匂いがした。

一瞬、ここはギャングの巣窟なのではないかと思った。

するとコカインの匂いがする腕に大きな傷跡のある女が私に気づき、話しかけてきた。

「うん…?ああ、あんたが新しいリーダー?随分若いし小奇麗だね。もっと老けたの連れてくるとおもったのに。私とタメぐらいじゃない?」

警部に渡された資料に載っていた人物だ。名をアンジリーナ・アレクサンドロヴナ・アンナ。クスリをやってココ送りになったらしい。どっからどうみてもジャンキーだが、一応警官ということらしい。

「私はクロウだ。クロウ・シルヴェスタ・マーロン。今日からここのリーダーの任命された。よろしく。」

「ん…私はアンジリーナだ。あんた目でわかるよ。私たちと同じ目だ。」

「オーケー、それじゃあアンジー。他のメンバーも教えてくれないか?」

すると私の後ろから異常に体躯の大きい女が出てくる。かなりデカい。少なくとも私より20cmは身長が上だ。

「…」

その女は私が視線を向けるとどこか気まずそうにしていた。指には訳のわからないぐらい凄惨な傷跡があり、肌は荒れていて血色がかなり悪い。

「そのデカいのがエリス・アンフォーチュン。ウチの切り込み隊長でバカでっかくてバカ強くてバカみたいにタフな奴だ。そのうえずっと暗い話ばっかりするんだぜ。離婚がどうとか金がねーとか拷問がどうだとか。ずっと気分がブルーって感じで。」

たしかに見た感じ明らかに碌な人生は歩んでなさそうだ。貧乏ゆすりをしていて明らかに育ちが悪い感じに思える。

「そうか…ならお前はブルーだ。常にブルーなんだろ?じゃあブルーだ。」

「はっ、そのまんまかよ!でもお似合いだなアッハッハ!」

「…よろしく…」

そう一言小さな声で呟くとブルーはアンジーの隣にある破けた皮のルームチェアにのそりと座った。

そして残りの二人が奥の部屋から出てくる。人相の悪い二人の男だ。

「おう、お前が新しい隊長さんか?良いとこ育ちっぽいが前のリーダーみたいに胃に穴が開かないように気を付けろよ!」

「前のリーダーはクソみてーなやつだったけどお前はどうだぁ?俺たちにケツを触られねえように気を付けるんだなこぎれーなねーちゃん!ギャハハハ!」

前の二人と比べて明らかに柄の悪い奴だなと直感で分かった。こいつ等も明らかに碌な育ちはしていない。

「調教しないとな。」

私はゆっくりと一人の方に近づくと股間を蹴り上げて口にFN509をねじ込んだ。

「う゛ッ!おおい!にゃんのまねだへめぇ!」

慌てふためきながらもう一人の男が私にスタッカート・ピストルを向けてあたりは緊張に包まれた。

「いいか、まず礼儀を弁え名を名乗れ。ここに来てるってことは私も相当〝ワケあり〟だ。私はここに来るまでに何人もの虫を痛めつけて殺してきた。お前も虫なら、容赦はしない。だが…」

私は口から銃を引っこ抜くと地面に押し倒して凄んだ。荒くれ者を纏めるならこのぐらいのことは覚悟の上だ。

「もし、私に力を貸してくれるというならこの手を取ってくれ。私はクロウ・シルヴェスタ・マーロン。新しいこの部署のチームリーダーだ。」

すると男は何やらふてくされながらも私の腕を掴み、名を名乗った。

「はぁ…俺はデイヴ。デイヴ・ジャックス。お前にスタッカート向けてんのがポール・グリッグス。おいポール、銃を下げてくれ…」

「全く…心臓が飛び出すかと思ったぜブロウ!」

ポールは銃口を下げると安全装置をかけてホルスターに仕舞い、それと同時に私もFN509をホルスターに仕舞った。

「まー前のリーダーと比べたら血の気があって信頼できそうだな。どう思うよエリス?じゃなかった、ブルー?」

「…」

ブルーは無言で頷く。

「へへ、こりゃ面白いことになりそうだぜ!」

デイヴはなんだかうれしそうな顔をしていた。

「早速真面目な話で悪いが、この部署は普段どんな感じで動いてるんだ?教えてくれ。引継ぎ元が行方不明なんじゃしょうがない。」

「どうって…警部からなんかあぶねー任務の資料が届いて殺しに行くだけだ。それまではトランプやったりハイになったりしてる。」

少なくともこの会話でこの組織そのものがかなり自由でふわふわしている物だということは確信できた。私はこの組織で頭を張るためには明確な目標が必要だと考えていた。ビデオゲームと同じだ。そうじゃなきゃ、こんなところにいても仕方がない。

「そうか、じゃあロス・クルティードについて知っているか?」

私は事件が何度も事件を経験する中で一番名前を聞いたカルテルの名前を挙げた。

「ロス・クルティードか…メキシコシティ全土を掌握してるってウワサの超巨大な麻薬カルテルだな。最近アメリカにも流れ込んできてて一部の連中がアニマルシティで悪さしてるってことだけ知ってるよ。やり方が残虐で下劣で下品で最低だってさ。」

「私はコイツらを追ってる。こいつらは私が担当した事件で児ポ製造をやってた。悪人共を調べていけばなぜかそのクルティードにつながる。こいつ等が一番アニマルシティを蝕んでいる元凶だ。」

そういうと他のメンバーは楽しそうにウキウキとしていた。やはりこいつ等も何かを燻っていたに違いない連中なんだ。

私はコイツらと一緒に楽しく虫を潰したい、そう思った。






その夜、私は仲間たちとバーに向かっていた。プライベートに付き合いを持って信頼関係を築くのは大事だし、何より色々な引継ぎでパンクして疲れたというのもある。デイヴとポールは何やら他にやることがあるようで来ないとアンジーに言われた。

「そんじゃあ何頼むよたいちょーさん?」

「アンジー、隊長さんとか畏まった言い方じゃなくていい。クロウでいいから。うーんそうだな、ディーコンを頼んでくれないか?」

「へぇ、スモークっけの強いのが好きなんだな。」

そんな話をしているとある女がこちらに向かってきた。

「おお、エリスじゃないか!久しぶりだな。どうだ、お前のM45A1の調子は?最近弄ってないだろ?」

「…調子いい。」

彼女の名前はカルラ・スターリング・ロメロ。ACPDの武器庫担当をしている。シグ・ザウエルの銃器と45ACP弾をこよなく愛する人物だ。この時はまだ武器庫で数回顔を合わせたことがある程度で互いの認知はほとんどないと言っていい。

「そっちのあんたは…なんか顔見たことあるけど、あんたもここに配属になっちまったのか!運がないな!」

「…新しいリーダー。」

するとカルラは意外そうな顔で私に視線を向けた。

「へぇ!こいつ等みたいな荒くれ者をまとめ上げるのがアンタなのか!?世の中分からないもんだな!何使ってるんだ?拳銃だよ!」

カルラはガンマニアでプロのガンスミスだ。私はこの時は銃に対してこだわりというものがなかったが、彼女の饒舌っぷりに乗せられてしまった。まあ考えてみればズィー・カーに愛着を持っている人間がこの手の趣味にハマらないわけがないと言えばその通りだ。

「FN509だ。配属されてからずっとこれしか使ってきてない。」

「FN509か…確かにいい銃だが…パンチが足りないな!やっぱり合衆国の人間は45口径に限るだろ!」

そう話すとブルーも大きく頷く。

「…昔仲間が言ってた。もし自死せざるを得ない状況になったときに最も使いたい弾薬は45口径だって。私も同じ。ずっと45口径を使ってきた。この銃で死にたい。」

「まーた始まったよブルーとカルラの45口径好きが。ブルーは無口なくせにこの話題だけはいつも早口だ。私は弾をばーっとうてりゃそれでいいからナァ。」

どうやらこれが二人が集まったときのいつもの流れのようだ。だが、それだけ言われたなら私も45口径に興味が出てくるというものだ。

「そうだな…私の好みはシグ・ザウエルだがあんたには…キンバーとかウィルソン・コンバットとかヴィッカーズあたりがいいかもな。」

手元のタブレット端末から画像資料を出すと私に見せてくれた。

どれもベースは同じであるため大きな違いは無いように思えるが、私は黒一色で変に飾り気のないキンバーの1911が良いと思った。何よりこの銃はACPDで採用されていることを知っていたし、実績があるということは信頼できるということだ。

「お、キンバーか。センスいいじゃないか。そうだな…じゃああんたへのプレゼントにしよう!なに、金はいらないし許可証も出しとく。ウチは結構余裕あるからな!」

そういうと場に似つかわしくない典型的なお嬢様がこの場に現れた。可憐な雰囲気のある子だ。

「カルラー!まぁ、いつものSWATのお友達じゃないですこと!ウチのカルラ、いっつも銃の話しかしませんから…カルラ、帰りますわよ!私もう耐えられないですわ!抑えきれないですわ!貴女をベッドの上で早く大きな声で鳴かせ──」

「えッ!?あっちょっと、す、すまん!私はちょっと先に帰る!キンバーは後で送っとくから!ごめん!」

カルラはそのお嬢様に連れられると、真っ白なポルシェ911カブリオレに乗せられ、物凄いスピードでその場を後にした。

「あの二人仲睦まじいねえ。」

「さて…仕事だ。」

「…?」

私は持参していたカバンから葉巻用の木箱を取り出した。

「おお、葉巻か。あんた意外にそういうの好きなのか?」

「開けてみろ。」

アンジーが葉巻の箱を開けると中にはスターム・ルガーMk IVが入っていた。

サプレッサーが装着された22口径の消音モデルで私が違法なガンディーラーから取り上げたものだ。暗殺用でサプレッサーのスポンジがカスタムされていて、例え隣の部屋で撃っても聞こえるのは落ちる薬莢の音だけだ。

「今回は酒飲んで休むって話じゃなかったっけ?」

「私にとってはこの仕事が休憩であり安息なんだよ。」

「なるほど…そりゃあここに選ばれるワケだ。それで…ターゲットは?」

頭にタトゥーの入った一人のバーテンを築かれないように指さした。

メキシコ系で如何にもな雰囲気を醸し出している男だ。

「私はわざとあいつの配膳中にぶつかって酒をぶっかけてくる。あいつが従業員用入り口に入ったら、お前らは外へ出て勝手口から入り、撃つか気絶させて外に無理矢理連れ出せ。裏にアイスクリームのキッチンカーが用意してある。なるべく殺すな。ここのバーは従業員が今カウンターに立ってる奴らだけだし、監視カメラもないから気にしなくていい。カルテルの店だからそんなのいらないって思ってるんだ。バカな連中だ。」

「…了解。」

私は器にディーコンを満杯に入れると、酔っぱらったふりをしながらその従業員に近づいた。

その隙に二人は静かに金を置いて退店していく。

私は躊躇うことなく後ろを向いているバーテンにぶつかって酒をぶっかけた。

「ああっ!ご、ごめんなさい!どうしよう…」

「ああっクソッ!スーツが台無しじゃねえか!」

私はあたふたしたバカな女を演じながら、その辺にある布巾で男の服を拭いた。

男はイライラしながら従業員用入り口へと向かい、周りの定員に謝るフリをした。

そして詫びのフリをして少しだけ多く払うと、私も二人の後を追いかけるように退店する。

「クソっ…あのアマ、この店の中じゃなかったら殴って無理矢理犯してやるところだ…」

「ハロー、性欲の強いメキシカンボーイ?」

「なんだお前──」

男はアンジーに銃を向けられ手を挙げる。

「な、な、な、なんだよ。俺がなんかしたってのか!」

「おとなしくすれば手荒な真似はしない。手を後ろに回せ。」

「さ、さっきの女!なッなんだテメェら…ポリ公か!?」

「そんなことはどうでもいいだろ。虫如きが偉そうな口をきくな。」

「わ、わかった…」

男はゆっくりと跪き、手を後ろに動かそうとした次の瞬間、ブルーによって足を撃たれた。

「…コイツ、後ろに銃隠してた。3Dプリンターフレームのグロック。」

ブルーは叫ぼうとする男の口をその腕で強引に抑え込み、担ぐと急いで裏においてあるアイスクリームキッチンカーへ向かう、すると中からデイヴがキッチンカーのバックドアを開けた。

「キューティ・アリスちゃんのハッピーアイスクリームにようこそ!クソっタレ!」

キッチンカーに全員乗り込むとポールが車のアクセルを踏み、人目の付かない郊外まで移動した。

非常に静かな場所でコオロギの鳴き声だけが響くだけの静かな場所だ。

バックドアを開けると乱雑に男を放り出す。

「クソ、クソ、クソ!」

男は悔しそうに涙目になって身をよじっていた。

「お前に単刀直入に聞く。ロス・クルティードの麻薬犯罪に絡んでるってことは知ってるんだ。知ってる情報を洗いざらい吐いてもらおうか。」

「し、知るわけないだろ!知ってるとしても話したら俺は〝皮なめし〟にされちまう!」

特に躊躇せず、男の〝ナッツ〟目掛けて22口径の弾薬をぶち込んだ。

ズボン越しに皮が拉げ、中身が飛び出す激痛に男は大絶叫を挙げた。

「あ゛あああああああああああーーーーーッ!」

男はよだれを垂らしながら泥まみれになり、地面をのたうち回り、ゲロを吐いた。

「次は左のナッツが吹っ飛ぶぞ?どうする?俺も危なかったからな!」

デイヴはそういうと男のみぞおちに蹴りを入れる。

「わ、わかった…わかった…話す…話すから左の玉だけは…」

だが無慈悲にも左側の睾丸も私の弾丸によって〝使い物にならなくなった〟。

「あ゛あああ゛ああああああ゛あああ゛あああ!サ、サウスブロードウェイにあるチャーリーズ・ビッグ・エギゾーストだ!そこに俺に指示を出してる奴がいるーーーーー!」

私は胸ポケットのメモ帳に名前を書き写した。

「ブルー、殺せ。」

「…イエス、サー」

「えっ───」

男はゲロもむなしく、ブルーに寄って頭に三発の風穴が空けられ、男は糸の切れた操り人形のように動かなくなった。

「死体はそこでほっとけ。カルテルの銃でカルテルを殺したんだから何かの抗争とか出世争いとかで理由付けて調査が終わる。」


そう私が指示すると全員銃を仕舞いキッチンカーへ乗り込み帰路につくのだった。

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