第03戦闘小隊、応答なし

I∀

第03戦闘小隊、応答なし

 地球・中東戦線──《シリア砂漠》。

 砲撃の余韻は遠のき、熱砂が無残な残骸を静かに舐めていた。


〈第03戦闘小隊〉は壊滅した。

 陽動任務は罠。

 通信は遮断され、制空権も奪われ、支援もない。

 ジンのコックピットに、全滅報告が点滅する。

 最後に届いたのは隊長の声だった。


「……ジン、部隊は全滅だ……引け……」


 その通信は砂塵に紛れ、“No.1”の爆発音に掻き消された。


 ジンの“No.4”も、すでに機体の形を留めていない。

 砂に溶け込むはずの茶色の装甲は煤け、左肩ユニットは吹き飛び、右脚は沈黙。

 冷却機構は焼失し、スコープは焦点すら結べない。

 唯一無傷だったのは──レールライフルだけだった。

 狂ったスコープの奥で、赤い照準光だけが、まだかすかに息をしていた。


 敵隊長機は勝利を確信し、亡骸を踏み砕きながら迫る。

 ジンは崩れた機体から砲身を引き上げる。

 AIはすでに沈黙。

 操作系はすべて手動へと切り替わっていた。


「……今さら、撃ったところで結果は変わらねぇ。

 ──わかってんだよ。意味なんかないってな」


 距離5400メートル。

 風なし、視界は熱波に揺れる。

 一度きり。

 外せば終わり。


 ジンは煙草に火を点け、静かに吸い込む。


「でもな……こういうとき引けねぇのが男なのさ。

 馬鹿だね。……ったくよ」


 吐き出された煙と共に、言葉が流れ出す。

 微かな笑みを浮かべながら、呼吸を止め、心拍を落とす。

 右目の視界に、全神経を集中させる。


 ──かつて仲間を守るために放った一撃。

 今は、仲間の死を背負って放つ一矢。


「……じゃあな」


 引き金が落ちた。


 静寂の中、機体が小さく痙攣する。

 赤熱したレールライフルの閃光が、周囲を灼いた。

 同時に、限界を超えた出力がフレーム全体に伝播する。


 冷却不能の熱が暴走し、コアがオーバーヒート。

 電源ユニットが連鎖的に誘爆していく。

 警告灯が点滅する暇すらなく、“No.4”の胴体は内側から炸裂した。


 荒野に黒煙と熱風が立ち昇る。


 ──そして、そこには何も残らなかった。

 いや、ただ一つだけ。


 焼け焦げた砲身が、半ば砂に埋もれながらも──

 確かに、“敵を撃った方角”を指し示していた。


 数秒の静寂。

 やがて、敵兵のひとりが呟く。


「まさか……あの距離から、隊長を……」

「……最期に狙い撃たれたか──」


 砂漠に残されたのは、一本の焦げた砲身のみ。

 味方は絶え、敵も沈黙し、静寂だけが満ちていた。


 だが、その照準だけは、一切の狂いもなく──

 確かに、戦いの終わりを射抜いていた。

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