20話 狼の正体
その日は軽い食事が運ばれたが、ヴァルクは一度も訪ねて来ることはなく、妙な胸騒ぎのままアメリアは眠りについた。
明け方に目覚めたアメリアは、そっと抜け出してみた。アメリア達のために用意された天幕の近くには焚き火が燃えており、青年が一人番をしていた。
彼女たちの寝所を守るかのように、他の騎士たちの簡素な幕舎が周囲をぐるりと囲んでいる。さらに外周には別の見張りが立っているのだろう。
焚き火の青年に近づくと、その姿を見てアッと驚いた。
「テリー卿、あなたが見張りですか?」
「殿下、ずいぶん早いお目覚めですね。」
まだ日は昇っていないが、空はわずかに白み始めている。おそらく五時前だろう。
「はい、目が覚めてしまいまして……」
「そうでしたか。良ければこちらにどうぞ。暖かい季節になってきましたが、朝はまだ冷えます。」
自身が座っていた簡易椅子を譲り、ライオネルは柔らかく微笑む。一瞬遠慮しかけたが、聞きたいことが胸にあったので、アメリアはその好意に甘えることにした。
「では……お言葉に甘えます。」
「すぐに暖かい飲み物を用意します。少々お待ちを。」
言うが早いか、ライオネルは小鍋を焚き火に掛け、革袋から水と乾燥した茶葉らしきものを取り出した。ほのかに香ばしい香りが漂い始め、アメリアはほっと息をついた。
焚き火の火の粉がぱちぱちと夜明けの闇を散らす。
アメリアは、どうしても聞かずにはいられなかった。
「あの狼たちは…なんだったんですか?」
それはずっと頭から離れなかった疑問。狼たちは群れを成して騎士団に襲いかかって来た。
たしかに狼は群れで狩りをする生き物だが、これだけの人数がいて、しかも軍馬をかっている軍団に襲いかかることなんてあるのだろうか。
「…アメリア殿下は、とても勘の良い方なんですね…アレは、ただの狼ではありません。」
ライオネルはアメリアに銅のカップを渡すと、漉し器をあてながらゆっくりと紅茶を注いだ。注ぎ終わると湯気とともに優しい香りが顔を掠めた。
「彼らは山の民に仕える忠実な暗殺者です。」
ゴクリと喉が鳴る。ライオネルの瞳は決して嘘を語るようには見えなかった。
「山の民…というのは?」
「何百年も昔、あなたの祖先、ロキア王国を築いた初代皇帝が滅ぼしたはずの原住民の末裔です。
彼らはこのノルディアの地に逃げ延び、生きながらえていたのですが、団長がノルディアの領地を統括することになり、ノルディアとデラティナの狭間のこの山に逃げ込んだのです。」
「…なぜ放置しているのですか?」
「彼らは狼を操る能力を持ってはいますがそれだけです。小規模な集団で細々と血筋を絶やさないように生きているだけで、我々の敵ではありません。王も承知の上のことです。」
「…王…父もご存じなのですね。」
「はい、もともと団長がこの地を治めるための条件が、あの者たちを統率することだったのです。団長がこの地に来て最初にしたことが山の民との戦闘でした。結果として山の民を手中におさめたのですが、内部紛争が起き、一部の者たちだけがあの山に逃げ込みました。」
「手中に?!それではノルディアの民の中にはあの者達の血縁がいるということですか?」
ライオネルは頷いた。
(そんなこと前世ではまったく知らなかった。私がノルディアへ行くより前に残りの者たちをどうにかしたのね…。)
「…大丈夫なのですか?いくら勝利して配下に置いたとしても、もともとの仲間達はあの山に住み虎視眈々とヴァルク様や騎士団の命を狙っているのでしょう?中からいつ裏切られてもおかしくないのではないですか?」
「それは…おそらくありません。山の民には巫女と呼ばれる者がいて、その者は団長に忠誠を誓っています。巫女を慕う者達もまた同じです。彼らはその儀式を何よりも重んじているので…」
ライオネルは気まずそうにそう言ったことで、巫女が女なのだろうと瞬時に読み取った。
「そういうことですか…その方とヴァルク様のご関係は?」
「えっいや、あくまで主従関係ですよ!」
冷静なはずのライオネルの焦り具合に、この部隊の男達は皆うぶな人間ばかりなのだろうかと思った。
ふぅと渡された飲み物に息を吹きかけ、口に含んだ。ちょうどよく冷めた紅茶が身体にじわりと染み込んでいく。
「ノルディアに着いたらぜひ挨拶がしたいと…ヴァルク様にお伝えください。」
心配そうに見つめるライオネルに、微笑んだ後、今度は紅茶を一気に流し込んだ。
「では、まだ早いですし、もう少し中で休憩しておきますわ。」
気まずそうにするライオネルを置いて、天幕に戻ると、シーツを被り包まった。
カリナの知ってる未来では、ヴァルクは独身のまま晩年を迎えている。だけど、彼の周りに1人も愛人がいなかったかまではわからない。
自分はノルディアに住むただの住民の1人に過ぎなかった。彼と話すことはおろか、近くで見たことすらなかったのだから。
3年後、アメリアの意思が変わらなければ結婚すると言ったのだから、恋人はいないはずだ。
だけど、胸のモヤモヤは晴れず、テティが起きて声をかけてくるまでシーツの中でその巫女のことを考え続ける羽目になった。
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