11話 盃
アレクサンダーがユーラシアへ去ってから3日後、アメリアはヴァルク・ストーン伯爵を夕食会へと招いた。
長卓の奥に腰掛けたのは、ロキア王国第十三代国王ヘブラム・ド・ロキア。
その右手には第一王子、左手には第二王子夫妻が並び、第一王子の隣にはアメリア王女、そして王女の婚約者としてヴァルク・ストーン伯爵が列席している。
「まさか、妹がストーン伯爵と婚約するとは思わなかったな」
会話を切り出したのダリオン王子である。その隣で妃マリアが柔らかく微笑む。
「でも……お似合いだわ」
対面に座るカリオン王子が、静かに口を開いた。
「そういえば、領地はどうです?10年前のノルディアは殆ど人もいなかったと伺っていますが…」
「そうですね、エルレイム山から吹く風の影響もありノルディアはご存知のとおり住むには厳しい土地です。この10年は寒い環境でも耐えられる作物と家畜を増やすことと街を整備することに重点をおいてました。領民も増えてきたので、この春から首都までの道の整備に着手しています。」
「おお!それならもっと早くこちらに来れるようになるな!婚約期間の間はもっと頻繁にこちらに来て貰わないと娘も寂しくなるだろう。」
ヴァルクの領地の話に、一同は興味津々だった。
それもそのはず、彼が治める土地 ノルディアは山々が点在し、その殆どが鉱山なのだ。
だが、あまりに過酷な環境のため、実際は手付かずでどんな宝が眠っているか誰にもわからない状態だった。
ヴァルクが治める地の生活環境が安定すればそこから鉱山へと発掘作業に行くことができる。
そして、この鉱山がヴァルクを国家元首に導くきっかけでもある。
前世では、アメリアがのんびりと婚約期間を過ごした5年の間に、ノルディアから首都までの道路工事が着工され、その過程で金脈が発見される。発掘のため多くの採掘民が増え、ノルディアはロキアでも有数の富を誇る土地になる。
この金が、王国が消滅しても戦い続けるための財源となるのだ。
(ユーラシアがどう動くかわからないことを考えると、金脈をいち早く発見しておかないと…)
「お父様、実は相談がありますの。」
この食事会もわざわざそのために開いたのだから、うまくことを運ばないといけなかった。
「ストーン伯爵は、私が領地で暮らせるか心配してらっしゃるようですの。
ですから、一度、ノルディアへ訪問の機会を頂けますか?」
突然のお願いに、誰よりも驚いたのはヴァルクだった。
アメリアの耳元に顔を寄せると小さな声で、そんなこと言った覚えはないぞ。と囁いた。
「あら?でも、そうではありませんか?だから私との結婚もあまり乗り気ではないのでしょう?」
「乗り気ではない?」
その言葉に王は反応した。
「ヴァルク様はとっても心配症なのです。私と歳が離れていることも、ノルディアのような土地で暮らしていけるかも、不安で仕方ないのです。」
「そうなのか?ストーン伯爵。」
鋭い視線がヴァルクに注がれた。チラリとアメリアを見るも彼女は助け舟を出す気はない。
「ええ…その…ノルディアで暮らすとなると心配ではあります。首都と違い、地元民でも辛い場所ですので…」
「だから、行って確かめたいのです。」
「アメリアはここで暮らせば良い。ストーン伯爵には別邸を用意させよう。領地は誰か優秀な者に任せれば良いだろう。君にはーー領地を増やしたいと思っていたところだ。どこか首都の近くの土地を婚約祝いに与えよう!」
王はにこやかに答えると盃をあげた。
(違う違う!そうじゃないのー!)
「ヴァルク様はノルディアをそれはそれは大事にしていらっしゃるのですよ?お父様がヴァルク様に与えた土地ではないですか。」
王は一瞬、盃を持ったまま動きを止めた。
アメリアの真剣な眼差しに、場の空気が変わる。
「……確かに。ストーン伯爵がどれほどノルディアのために働いてきたかはわかっている…」
その言葉にヴァルクは驚き、アメリアは胸の内で安堵の息を漏らした。
「よかろう。婚約者として領地を知るのもまた務めだ。だが、滞在は夏の間までだ。あの地の寒期をお前が耐え抜くために必要な環境はこれから整える必要があるからな。……それでよいか、ストーン伯爵?」
突然問いかけられたヴァルクは言葉を詰まらせ、ちらと隣のアメリアを見た。彼女はまるで「当然でしょう」と言わんばかりに微笑んでいる。
「……異論はありません、陛下。」
その答えに、場の緊張がふっと和らぐ。
ダリオン王子が愉快そうに笑った。
「では、ノルディアの冷たい風を、この妹が耐えられるかどうか見ものだな!」
無事にノルディア滞在の許可を得て、アメリアは心の中で静かに拳を握った。
(これで道が開かれたわ。夏の間に必ず金脈を見つける……!)
けれど…ユーラシアがいつ牙を剥くかもわからない現状がアメリアを不安にさせる。
(時間は、そう多くはないかもしれない……)
アメリアは笑みを絶やさぬまま、杯を口に運んだ。
だが、その瞳の奥では、燃えるような決意が揺らめいていた。
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